何て綺麗な歌なのでしょうか。透き通ったパイプオルガンの音と共に、天国にまで届くほどの美しい歌声が聞こえてきました。 その修道院の礼拝堂では、幾人かのシスター達が純白のドレスを着て讃美歌を歌っていました。 笑顔で彼女達の歌を聴いているシスター達の足元を、ちょこちょこと動いている小さな子どもがいます。あれはモモンですね。落ち着きなく動き回っているので、シスター・フランチェスカにぺしりと叩かれてしまいました。 それでようやくモモンはシスター・セシリアの隣に座ったのですが、それでも相変わらずもぞもぞと落ち着きません。だけれどモモンの大きな二つの目は、讃美歌を歌うシスター達にずっとしっかり向けられています。 そう、その聖歌隊の中にはモモンの大好きなシスター・エルがいたのですね。 普段は修道服でしっかりと肌を覆っているシスター・エルのドレス姿があんまり綺麗で、またその歌う姿がマリア様のようだと思ったから、モモンはぽぅっと顔を赤くして彼女を見つめていたのです。 今日は2月14日、セントバレンタインデー。とても昔に聖なる人が亡くなったと言われている日で、この日についての事をモモンは色々とシスター達に教えて貰ったのですが、まだまだ難しくて全部は理解できませんでした。だけれど今日は「愛の日」なんだという事は、幼いモモンにもよく解りました。それはとても素晴らしい事に思えたからです。 世間の人々は恋人や家族に贈り物をする習慣がありますが、ここにいる彼女達は神に全てを捧げると誓った身、そうする事はできません。その代わりささやかな催しをしようという事で、こうして歌を歌い、その後に手作りのクッキー等を食べる事にしたのです。 シスター・エルの歌声は、天使が歌ったとすればそれはこんな声だろう、と思えるほどに美しいものです。歌に聴き入っていたモモンに、隣のシスター・セシリアがそっと声をかけました、モモン、プレゼントはちゃんと持っている?と。キ、とモモンは服の下からちらりと花束を見せました。それはとても赤い赤いバラでした。 バレンタインデーの事を教えて貰ったモモンは、どうしてもシスター・エルに何かプレゼントをしたいと思ったのです。それで彼女には内緒で他のシスター達に贈り物は何が良いかと訊いてみると、柔らかな声を持つシスター・セシリアがアドバイスをしてくれました。ケーキやカード、それに花なんかを贈るのが一般的よと。モモンはお花を贈りたいと言いました。それならバラが良いでしょうと、シスター達は修道院で育てているバラを用意してくれたのです。 シスター・セシリアはバラの花言葉も教えてくれました。バラは色によって花言葉が違っていて、赤いバラは愛情、美、あなたを愛しますなどで正しく愛の花でしょうと。貞節や模範的という言葉もあるし、葉は「無垢の美しさ、あなたの幸福を祈る」という意味があるからシスター・エルによく似合うわと言われ、モモンも確かにその通りだと思ったのです。こんな小さな花一つにそんなに素敵な意味があるだなんてとモモンは思わず笑顔になります。 歌が終わりました。シスター達は庭へと出て、皆で焼いたクッキーを頂く時間になりました。礼拝堂からシスター・セシリアと一緒に外へ出てきたモモンはシスター・エルがどこにいるかと辺りを見回します。ここで一番背の高いシスター・アンゼリカがモモンを見つけて声をかけてくれました。シスター・エルが向こうの芝生の所に座っていると教えて貰い、シスター・セシリアが行ってらっしゃい、頑張ってと微笑みました。普段はいたずら大好きで元気なモモンが、大好きなシスター・エルに対しては恥ずかしがり屋な一面もあるのだとよく知っているからです。 二人にお礼を言ってモモンはそちらへ一目散に走っていきます。いました、太陽の光を受けて輝くステンドグラスの下にシスター・エルが座っています。だけれどモモンは思わず足を止めてしまいます。 芝生に腰を下ろしたシスター・エルは、まるで聖母様のようだったのです。 流れるような金髪と美しい純白のドレスに太陽の光をちりばめられたシスター・エル、きらきらきらきらきらと、それはなんと眩い光景だった事でしょうか。 彼女がモモンに気付き、とても嬉しそうに名前を呼んでくれました。モモンはその優しい声が大好きです。自分の名前をこんなに優しく呼んでくれるシスター・エルが、本当に大好きなのです。モモンは弾かれるようにシスター・エルの許へ行きました。歌が凄く上手だねとか、歌ってるシスター・エル凄く綺麗だったとか、言いたい事があるのだけれど巧く言葉にできません。 それでもシスター・エルはしどろもどろのその言葉を解ってくれたらしく、有難うと笑います。モモンはいつも彼女に笑っていて欲しいと思っています。 あのねあのねと言いながら、モモンはちょっと俯いてしまいます。後ろに回した両手には、シスター・エルへのバラがぎゅっと握られているからです。首を傾げたシスター・エルに、モモンはやっと決心してすっと小さな花束を差し出しました。今日はバレンタインデーだから僕からシスターに、とはにかみながらそう言って。 シスター・エルは静かにそうっと花束に触れます。一瞬その手がモモンの手と重なって、温かいなとモモンは思います。花束を受け取ったシスター・エルは、それを両手でそっと持ち、胸元で優しく優しく抱き締めました。 本当に、シスター・エルにぴったりだ。 そう思うモモンの心には、シスター・セシリアの声が思い出されていました。ローザミスティカ、バラはね―― バラを胸に抱いたシスター・エルが顔を上げてモモンを見つめました。天国の色をしたその瞳は幸福に潤んでいます。モモン、と手を伸ばしたシスター・エルはそのままモモンを抱き締めたのです。有難う、私はとても幸せ者、そう言い続けるシスター・エルの手はとても愛情深くモモンの頭を抱き寄せました。God bless you、シスター・エルはモモンの額に美しくキスをしました。貴方に神様の祝福を。 本当に、そっくりだ。モモンは頬をバラと同じ色にして、口付けされた所に手で触れました。ローザミスティカ、バラはね、「くすしき薔薇の花」と言って、マリア様を表すものでもあるのよ。 シスター・エルが大切そうに抱き締めているバラの花束、それには幼い字でこう記されたメッセージカードが添えられていたのでした。 「ぼくの聖母さまへ」 ああ、そうです美しい神の子ども達。 空は高らかに澄んでいます、それはこれからも続くでしょう、あなたがたの中に愛があるならば。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 これからも天国までその歌声を届けて下さい。あなたがたに神の祝福を。私はいつだって、ここであなたがたを見ているのですから。 |