車の音が聞こえる。オレはあの音好きだ。人間界で好きになった。お前の隣で聞いた音。
こんな初めてあったよく判らない子どもの言うことだし、魔物とか魔界の王の戦いとかどうせ信じてくれないだろうなと思ったし、戦うのなんかいやだって言って逃げるかもしれないと思った。
だから黙ってた。お前は自分のことだけで精一杯みたいだったし。
そう……自分のこと考えるだけで大変そうだったのにな。こんな初めてあったよく判らない子どものことを、お前は心配してくれたんだ。
怒られるぞ、とかこんな寒い所にいたら死んじまうぞ、とか。オレはあそこみたいな場所が一番過ごしやすいんだからそのままあそこにいたほうがよかったぐらいだったんだけど、お前はオレの手をひっぱって自分ちにつれてってくれたな。 車の音。お前の隣。よく解らない温度。
何回も追い出されたけど、オレにはお前だけだった。お前はオレのこと心配してくれたから、お前が怒ってた時はちょうどいいと思ったな。本を読んでもらえそうだしお前をいじめたやつらをこらしめてやれるし。
オレはお前に近くなりたかった。
お前はたぶん優しいっていうのとは違ったんだろうけど。
オレは最初にあったあそこみたいに全部凍ってるような温度の場所が一番好きで、よく解らないけど他のやつらが言う「暖かい」って温度はオレ達にとってはいやな温度のことなんだろうなと思う。
だけどお前の温度は温かいっていうのだったのかな。
オレをひっぱってった時のお前の手。確かに人間の肌の温度はオレ達のきらいな温度だったけど、あの時はそんな風に思わなかった。
お前の手。車。外の景色。車の音。落ちついた。
よく解らないお前の温度をオレは好きだったんだ。もう一度車で隣に座ってみたい。お前の隣は温かいって、そう言ってみたい。


* * *


あんなに気持ちがいい手は今までなかった。
おれは――犬族は、こういう感じだろう――だからだっことかそういうことは、他の人型やそういう系統の魔物にしてもらわないとふつう体験できないんだ。 だっこも好きなんだけど、おれ達がほとんどみんな好きなのが、頭をなでてもらうことだ。ちょっとその辺へ出ておれがかわいく鳴いてみせればみんな撫でてくれた。耳の裏をかいてもらうのもいいな――だけどやっぱり頭なでには全然敵わない。なんて言うのか……あれは、あの感触は本当に「幸せ」以外に表現できる言葉が見当たらない。
お前の手は、まったく幸せそのものだった。
お前がなでてくれるたびに思わずうっとりした。ぬくぬくして、気持ちよくって、ふわふわになって、胸の中がぽわーってなって……幸せにまるごとだっこされてるみたいな感じなんだよ。 今までにも色んな奴になでてもらってきたけど、お前ぐらい気持ちがいい手をした奴はどこにもいなかった。
面倒くさそうにだったり文句を言う時もあったりしたが、おれがすりよるとお前はいつでも頭をなでてくれたな。お前の隣に寝転んで、頭をなでてもらって――そのまま寝てしまうとかドッグフードをもらうとか――あの時間は幸せすぎるものだった。
おれをこんなに幸せにできるのに、どうしてお前は泣いていたんだ?
あの暗くて冷たい雨の日に、おれをだきあげてくれたお前の手は、その時もやっぱりとても気持ちがよかったのに。雨がお前の代わりに涙を流してるみたいだった。 お前につけられたたくさんの傷がお前を痛がらせてるんだと思ったんだ。おれがケガした時に父さん達がいつもそうしてくれるから、おれもお前の傷をなめたんだ。痛くない、痛くない、もうダイジョウブ。
なあ、もう泣かないでよ連次。苦しそうな顔はもうするな。お前の手は殴るだけじゃない。
お前はおれを、世界で一番幸せにできる奴なんだぞ。


* * *


オレも頑張るからってお前が言ったのがすごく頭に残ってるんだ。百体のうち一体だけ王になるっていうのはホントに大変な事だから、覚悟しとけ、むちゃくちゃ頑張れ。オレも頑張るから、って。
オレはそっちに行く前からずっと不安だったんだよ。人間ってむちゃくちゃ弱いって聞いてたから。術もなんにも使えないって。ひこうきだったっけ。最初お前の家に行く時に乗っただろ、あれもびっくりしたなあ。人間はこんなでかいもの造らないと飛べないのかって。 なんだか人間界の植物も弱っちそうだったし、どうしようって思ってた。
だけどお前は頑張るからって言ってくれた。
人間はかなり沢山寝なくちゃいけないみたいなのに、オレと一緒にずっと術のトレーニングなんかもしてくれて、人間ってこんなに一生懸命やってくれるものなのかあ……って思ったよ。ゲームとか凧揚げとかいっぱい遊んでもくれたし。楽しかった。嬉しかった。
あのさ……オレ寒い日嫌いだ。前からびゅーって強くて寒い風がふいてくる日なんか、父さんだって家から出ない。けどオレは時々友達と遊びたくて、泣きそうになるけど頑張って外へ出るんだ。
そういうイヤな日でも……そういう日に、お日様を背中にしてみるんだ。お日様の光が背中にあたってふわーってあったかくって、寒いのも大丈夫になるんだ。
春彦はそんな感じだったよ。
前から強い寒いイヤな風が吹いてても、背中にぬくもりがあるから大丈夫。お前が後ろにいるからオレは平気だったんだ。お前の体温は気持ちがよかったよ。
初めて敵に勝った時、お前も疲れててそれどころじゃなかっただろうけど、何も言わずにポンってオレの頭に手をおいてくれただろ。あれ、本当に嬉しかったなあ。それまでで一番嬉しかった。
有難う。頑張ってくれて。オレはずっと本当に、それが嬉しいんだよ。


* * *


楽しみね、明日はきっといい日になるわ。
しおりねーちゃんはいつも寝る前にそう言ってくれたね。ぽんぽん、ってお布団をやさしく叩いて、明日は公園で遊びましょ、きっといい日になるわって。ティーナのお洋服の続きを作ろうね、楽しみねって。
コルルはいつも本当に、朝が来るのが楽しみだったのよ。今日がまた始まるのが、嬉しくてしょうがなかったの。
魔界で本を渡されてから、私はいつも泣いてたの。一日がすぎていくのが何より怖かった。 人間界に行く時になったら、怖くて怖くていやでいやで……ふるえることしかできなかった。ずっとうつむいたまんまで明日を見るのを拒否してた。
私にふるえることをやめさせてくれたのが、ねーちゃんだったの。眠ることが怖くなくなった。真っ黒の雨の中で、サッてお日さまの光がさしたみたいにねーちゃんが私の涙をふいてくれた、あの時から私は顔を上げて明日を見ることができるようになったのよ。
明日はしおりねーちゃんと遊ぶんだ。明日もしおりねーちゃんと一緒にお風呂に入るんだ。しおりねーちゃんにお花をつんであげるんだ。誰かを傷つけなきゃいけないことになる戦いはやっぱり絶対にいやだったけど、明日もしおりちゃんが私と一緒にいるんだわって、眠って次の日の朝が来るのが待ちきれないぐらいだったの。
しおりねーちゃん。ねーちゃんはおうちにいる時、私とお話してない一人でいる時は、悲しそうにしていたね。時々そんな顔を見ちゃって、私はすごく胸の辺りが痛くなったの。コルルのおねーちゃんだから、大好きなしおりちゃんだから、ずっといつでも笑っていてほしかったのよ。 私の明日をあたたかくしてくれたしおりねーちゃんだから。
やさしくしてくれてありがとう。あったかい毎日をありがとう。抱きとめてくれてありがとう。
ティーナは、ねーちゃんと一緒にいるのかな? 私のために作ってくれたティーナちゃんだけど、今は私の代わりにねーちゃんといてくれたら嬉しいわ。毎日眠る前にティーナちゃんにも、ぽんぽん、ってしてあげてね。
コルルはずっと大好きなおねーちゃんと一緒にいるからね。かならずいつも特別な日になるわ。楽しみね、楽しみねしおりねーちゃん。明日はきっと、いい日になるわ。


* * *


全くあんたは本当に凄え凄えってうるさかったわよねえ。私の術を初めて見た時もさ、すっげーって大声で叫んじゃって。何事かと思ったわよ。
髪の毛そんな風にして他の人間を威嚇するみたいな格好で、力にとてつもない憧れ持ってて、虚勢張る事だけはご立派で。
あのね正直になるとあんた私の、この私のパートナーとしてはどうかと思ったわよ。相応しくないわよ。 ちょっと初歩的な呪文を唱えただけでもあんたの浮かれようったらなかったわ。見てて恥ずかしくなっちゃう。
フン。まあね。私が凄い事は本当よ、認めるわ。だからあんたがいちいち丁寧に凄い凄い言ってくれるのもまあ別にどっちかと言うとそこまで悪い気はしなかったわよ嬉しくはなかったけど。時々、本当に時々はちょこっとだけ嬉しいと言ってあげても良かったけど。
あとあれよ、人間界には面白い食べ物があるわよね。あんたがくれたどら焼きおいしいわ、好きになったもの。ばあちゃんがくれたどら焼き、って……そうそう貴方、ガサツで粗暴でそんな性格の癖に、ばあちゃんばあちゃんって言ってたわよねえ。 ばあちゃんが……ばあちゃんが……って、いい年した男が何よね、甘ったれなんだから。どうなの私がいなくてもちゃんとやれてるのかしら?
断っておくんだけどね、ばあちゃんが好きだったどら焼きだからって私も好きになったんじゃないんですからね。あんたがくれて、私もおいしいって思ったから好きになったのよ。
全く……ムカつくけど、王になれはしなかったけど、今じゃ私ずっと強くなったのよ、術も新しく沢山憶えたわ。そこらのバカな奴が喧嘩を売ってきても返り討ち。
どうお? あんたにも見せてあげたいわ。凄えって、また思いっきり言いなさいよね。


* * *


ジェム、ジェム、ジェム!
ジェム! ぼく、まだすらすらとはお話できないんだけど、きみの名前、もっともっとちゃんとたくさん言えるようになった!うれしくて、一日に何回もきみの名前を言ってるよ。
ぼく憶えてるよ、トモダチ、ジェムがぼくのことトモダチって言ってくれたこと。私達は親友よ、ってきみの声。
ジェムと、お母さんとおじいちゃん。人間界に来てなんにも判らなくて、あっちこっちパートナーを探し回ってもうくたくたで泣きそうだった時、楽しそうな笑い声が聞こえてきたんだ。明かりが見える窓のところにいったらきみとお母さんの笑顔が見えたよ。ジェムの笑顔がとびきりすてきで、とってもしあわせそうな家の中で、見ているだけでとてもいごこちが良かったんだ。
それでね、ぼくずっと家の中を見ていて、そのまま眠っちゃったんだあの時。次の日の朝お母さんがぼくを見つけてくれたよね、ごはんまでくれた! ぼくのお母さんのごはんと同じくらいおいしかった。
きみ達は本当に優しかった。ぼくはものすごく嬉しかった、しあわせだったんだ。
ぼく、最後にきみが言ってくれたこと本当に、本当に本当に嬉しかったよ。
大好きだよ。
ぼくもジェムが大好き。大好きだよ。一緒に遊んだね、歌ったね、手をつないだね、ぎゅってしてくれたね。きみはいつでもぽかぽかやわらかだった。
もうちょっとちゃんと喋れるようになったら、きみのために歌を作りたいな。きっと届くよね?
大好きだよ、ジェム。


* * *


ほら、オレはさ生まれつき飛べるだろ? だから飛べることを褒められた時はビックリしたよ。何しろオレの周りじゃ家族だって仲間だって誰でも皆、飛べることは全くの当たり前のことだったからね。 「飛べる」っていう点で褒めたりすることがあれば、それはどれだけ速く飛べるかとか、どれだけ凄い飛行テクニックを見せられるかとか、そういうことについてだしさ。
オレは結構速く飛べる方だった。だからガリオントの前で最初に飛んで見せた時はそれについて驚かしてやるつもりだったんだよ。どうだ人間、オレはこんなに速く高く飛べるんだぜって。
なのにガリオント! あの時何て言ったか憶えてる?
「お前飛べるのか、凄いな」……だって。ポカンってなっちゃったよ。うん、飛べるよ、だからどうした? って感じさ。
うーん……でもな、嬉しかったんだよ、オレ。
そんな当たり前のことを褒められたのは、初めてだったから。それにオレ自分のこの羽が好きだから。好きなものを褒めて貰うとそりゃ嬉しいよ。お前の羽は立派だな、って何回も何回も思い出してるよ。……今ならもうあんな電撃なんかには負けないぜ、フン。
オレこっちでもあれに乗ってるんだよ、自転車。
あれ本当に面白いな。人間界で乗ってみた時は感動さえしたよ。オレ達翼持ちの魔物はあんな手間のかかる、わざわざ自分達の力を余計に使って移動しなきゃいけないようなものに乗るなんて発想ないからさ。 この辺には当然どこにもないから、遠くの地域にまで行ってきてやっと見つけたんだぜ、苦労したよ。周りの奴らはバカげた物に乗ってんじゃねえよって笑いやがるし――勝手に言ってろ、別にいいけどなオレは楽しいんだし。
羽でひゅーって行くんじゃなくてさ、頑張って力使って自転車で遠くへ辿りついたら、なんか良い気持ちになるね。ガリオントも初めてオレと一緒に飛んだ時、そういう良い気持ちになった? だったら嬉しいんだけど。
さってと、今日は飛ぼうかな。オレもっとずっと高く速く飛べるように頑張ってるんだよ。それだけ飛べたら、凄いだろ? 空をずーっとどこまでも飛んでるとさ、ガリオントのところまで行けそうな気持ちになるよね。ああ、いつもみたいに、手を広げて待っててくれるんだろうなって。


* * *


僕ね、あのね、ホ、ホントにすぐお腹がすくんだ。お腹一杯食べたと思ってもちょっと遊んだらまたグーってなる。僕、最近やっと思う。に、人間のフリトが僕が食うだけの食べ物集めるの、スゴク大変だったろ? ゴ、ゴメンよ、フリト、有難う。
僕考えてみた、あの、自分よりもっともっと、もっともっといっぱい食べるヤツがいきなり来たらどうしようって。オレ、絶対途中でヤになる。フリト、色々文句をいつも言ってたけど、ずっと僕の食べ物集めるのやってくれた。いっぱい食べられてそれだけが嬉しかったけど、フリトが最後まで放り出さずにぼ、僕のこと面倒見てくれた、そのお礼を全然言いたりないって最近やっと思ってる。
オレあんまり頭よくない、それにとてもドジ。けど王様になれって言われた。よく判んなかったけど、お、王様になったらみんな少しは僕のこと、やるじゃんっていうかなって思ったからやることにした。
ついて来いよ。助けてやるよ。
フリト僕にそう言った。僕すっごく安心した。いっつも僕みたいなので王様になれるのかって不安だった。でもフリト大丈夫だっていつも言ってくれた。僕、ほんとに全部大丈夫だって、いつでもそう思えた。大丈夫だ。最近でも僕、不安になったらすぐに言う。大丈夫だ。大丈夫だ。全部怖くなくなる。
お、王様になれなかったら、絶対スゴク悔しいだろうって思ってた。負けた時は悔しかった。でも今、なんか違う。なんか悔しいとか思わない。大丈夫だ。フリトが僕といてくれたから。何か困ったことあったら、フリトならどうするだろうって考える、うまくいくこと多い。 多分僕前よりドジじゃない。
これからも何かあっても、どういうことがあっても、大丈夫だ。だよね。


* * *


私勿論知ってたわ、自分が美しいって事。この辺じゃ私の人気、ちょっとしたものなのよ。 貴方も褒めてくれたこの毛並みは自分でも好きだったし自慢だった。美しいという言葉だって数え切れないぐらい言われてきたわ。
だけど貴方は違ったのね。
そう、貴方は私を美しいと心から褒めてくれたけれど――単純な話じゃなかった。外見だけじゃなかった。見かけも含めて全部包み込んで、魂の奥底までもを見通してくれていたのね。 美しい色の肌をした貴方達は、限りない美しいもの達の存在を常に感じていたのだから。上辺だけじゃないその言葉の意味に気付いた時、私は打ちのめされたものよ。貴方は真実の誇りを与えてくれた。
こっちに帰ってから私、周りの男達が凄くつまらなく見えちゃってるのよ。きっと魔界中探したって、もう貴方ぐらい素敵な男はどこにもいないんだわ。 だけどね憶えておいて、素敵な貴方。もしもまた私に失礼な事を言ったり――部族の男連中より余程豪快に飯を食うなとか――まあそんな事はあり得ないと思うけど、他の女に眼が移るような事があれば、ガルザ、おしおきよ。私の自慢のこの爪で、またガリッとやっちゃうわよ、フフ。
今日も貴方はあまりに美しい大地と太陽に包まれているんでしょうね。あの千年の木も、貴方と一緒に私の魂までその両腕の中に抱き締めてくれるかしら。
貴方達の大地ほど美しいものを私は見た事がなかった。貴方と見た夕日、忘れない。素敵な貴方。貴方は私の魂の半分。大地に溶け行く夕陽、空に帰って行く朝日、そうね私達はそういうものでしょう。
私を美しいと言ってくれた貴方。私に美しさを与えてくれた貴方。私が真実美しいとすれば、その美しさは貴方と共にあるのよ。もう一度、貴方と一緒にあの太陽が溶けて行く偉大な大地を駆け抜けたい。完全な魂で。
そうね――きっとその時私達、泣きたいぐらい美しいんだわ。


* * *


貴方は私を天使だと言ってくれた。天使みたいにいい子だって。私は――ずっと私は、あんなに悪い子だったのに。
今こうして考えてみれば、たぶん私知っていたの、自分がやっていることがいけないことだって。貴方がいつも悲しそうな顔をしていたから。 だけど、ママ達は私に何でも欲しいものをくれていたし、私は自分のことを――自分とガッシュちゃんのことを考えるばかりで、貴方から目をそらしてばかりいたんだわ。
そんな私なのに、貴方はいつでも私を褒めてくれたわね。
これも今考えてみれば、貴方は本当に小さなことでも決して取りこぼさずに全部褒めてくれた。
手先が器用なんですね、とても楽しそうに歌いますね、食事の前の挨拶ができましたね、お皿を片付ける手伝いを有難う、細かい汚れによく気が付いて綺麗にしてくれましたね、貴女の笑った顔は人を温かい気持ちにさせますよ、道端の花の美しさに気付くことができるのは素晴らしいことです。
まだまだ沢山あるわ。こんなの褒められるようなことじゃないわよ、って私、言ったこともあったけど、――貴方はいつも私のことを見ていてくれたのね――私は貴方を困らせてばっかりで悪い子だったのに――こんな小さなことも見逃さないぐらい、私の良い所を全部見つけて教えてくれた――私はいつも自分の手にない「もっと」を求めてばかりで、私がすでに持っている沢山のものを見ようともしていなかった。
私は天使じゃなかったのに。貴方はなんのためらいもなく、いつだって私をやさしく愛してくれていた。それさえ当たり前のことだなんて、私は……私はほんとにバカだったのに。それでも貴方はいつだって……
私は貴方を悲しませて、貴方やみんなにひどいことをして、本当に消えちゃいたいぐらい苦しくなったの――それでも私がこうやって今までみたいに……今までよりいい子になろうって思えるようになったのは、貴方の言葉があるからよ。きっと貴方は今でも私が手を伸ばせば大きな手のひらでそっと握り締めてくれるんだって、確かにそう思うのよ――それは、どんな時でも私を愛してくれているんだって、少しも疑いようもないくらい確かな愛情を貴方が与えてくれていたから。
私の道しるべ。私のきらきら星。貴方が私の手を握って、私の歩幅にあわせて歩いてくれた道を、私は今少しずつ歩き直しているの。 今この時も、貴方は私の隣で一緒にまた歩いていってくれている気がするわ。ごめんね、まだまだ時間はかかりそうだけど、もう少しだけ……見守っていてちょうだい。
この道の先に何があるかは解らないけど、どんな場所でもそこで貴方はきっと何よりやさしく私を抱き上げてくれる。貴方は私をふんわり抱き締めてくれて、私も貴方を抱き締め返す。
いつだって、どこでだって、貴方は私に幸福のあたたかさを分かち合わせてくれたから。


* * *


やあ……久しぶりだね――というより、君にはもう殆ど初めましてと言った方が相応しいのだろうね。どの道、君は私の事を何一つ憶えていないだろうから。
初めまして。折角素晴らしい力を与えてあげたというのに、また前の様に惨めな生活に戻ってしまっているのでしょうね。……惨めな事で言えば、今じゃこの私も似た様なものなのですけどね。
君との生活は楽しかったですよ。傀儡の君は優雅な自信に満ち溢れていて魅力的で、何一つ私の意に沿わない様な事などしなかったのですから。一番最初の君と違って、ね。
……少しだけ、考える時があるんですよ。
あの時あのままありのままの君と共に戦っていたならば、今とは何かが違っていたのでしょうかと。……フフ。愚問ですね、仕様もない……。
ねえ、ココ、こんな風に胸の内で君に問いかけているのもそれだけで馬鹿げていますけど、訊いてみたい事があるのです。
そちらにいた時から、時折声が聞こえるのですよ。耳にではなく、頭――心に響く様に届く声が。幻聴? ええ、そう思って下さって構いませんよ、私自身そうではないかと疑っているのですからね。
本当に微かな、弱々しい声です。
そちらにいた時以上に、今の方がよりはっきりと聞こえるのです。
泣き出しそうな様子で何度も何度も私に語りかけてくるこの声は――君によく似たこの声は、一体誰のものなのですか――私がいるわ、と、それだけを繰り返すこの声は――


* * *


ピポパッポ、お前は物凄く頭がよくて何でも知っていて、だから自分以外の者を褒めるという行為はする筈がなかった。 私はそれも当然だろうと考えた。まだ小さいのに本当にお前は何でも出来て、お前のお陰で私はあんなに順調に勝ち残れたのだから。
憧れていた。お前は私の自慢だったのだ。
ポンコツの私には過分なパートナーだと思ったものだった。だがお前のようなパートナーがつくからには、この私にもそれに見合うだけの能力があるのだろうと考えるようになった。私を本当の意味で強くて偉大なコーラルQにしてくれたのはお前という人間だったピヨ。 どれだけ追い詰められた状況でも、いつも冷静で状況を見極め分析して、お前の言う通りにすれば全てが絶対に大丈夫だった。
見ろ、私の凄いパートナーを、そしてそんなパートナーを持つ私を! 私はいつも対戦相手に自慢したくて仕方がなかったものだ。
そんなお前が、他人を褒めないお前が、私の自慢のパートナーのお前が、お前だって最高だと、私の事を言ってくれたピヨ。
それはどれ程最高の気持ちになった瞬間だったと思う?
ピッポッパ。私を虹の子どもだと特別美しい表現をしてくれたお前。虹の根元には宝物があったピヨ、懐かしくてたまらないお前からの便りが。 お前は必ずもう一度私と会うとそう言っていた、絶対に、会うと。お前がそう言えばそれは必ずその通りになる。だったら私は百パーセントの確率で、再びお前の許に走ってゆけるのだ。お前は私に手を差し伸べてくれるだろう。
グラブ、一緒に笑おう。私はその時を、いつも夢見ているのだピヨ。


* * *


こんなオレの眼が宝石みたいだと、お前は言ったんだ。海みたいだって言った、お前の親父さんみたいだって言った、オレの手が優しいと言った、大好きだと、言った。
皆……ありとあらゆる皆がずっとオレの事を嫌っていたんだ。そうだろうな、オレの様な巨大な力は恐怖を与えるだけだろうから。今ならそれが理解できる。ガッシュとお前のお陰でオレはそういう事が解る様になったんだ。
オレは「忌み子」だから、宝石だとか、そんな綺麗な言葉を貰ったのは本当に生まれてきてから初めてだった。そんなに沢山の優しいものに似ていると言われたのは。オレには死ぬまで近づけないものだと思っていたものを、小さなお前がくれたんだ。
なあ、お前は優しいよなあ……。
お前はオレを優しいと言ったが、お前がオレに惜しみもせずにありったけの優しさを与えてくれたから、オレも同じ様に優しくなれたんだよ。こんなオレでも誰かを傷つけずに守れるんだとお前が教えてくれたんだ。
あの時お前の眼にオレの姿はどう映っただろうか。一緒にいた間、オレもお前に少しでも何かお返しができただろうか。お前はまっすぐ強く立てるようになっただろうか。
……いいや、お前はもう、オレがいなくても大丈夫だよな。ガッシュや清麿みたいに、本当にお前も強いんだから。
オレは自分のこの手が何より嫌いだったよ。だけどお前が、これから色んなものを守ったらいいんだと、そう言ってくれたから、オレは少しずつ少しずつ色んなものを助けている。村の奴らは驚いてるぞ。 まだまだオレの事を怖れている連中の方が多いんだが、こっちに帰ってきて一番最初に助けた奴が、このオレに有難うと微笑みさえ見せてくれたんだ。あの笑顔は本当にいいモンだな。
誰よりも優しいお前がオレにしてくれたように、オレもこれからちょっとでも他の奴に何かしてやれればと思う。優しい気持ちっていうのは、幸せだなあ。本当に、幸せだ、カイル。


* * *


オレには、解らぬ。
お前はいつも笑っていた。いかにも莫迦ばかしげな眼で。いつものあの酷薄な笑みで。時にはオレには理解しがたい表情で。
オレは王になりに生まれてきた。それ以外に、どんな意味があるのだと?
解らぬ。今感じているこの地面の冷たさも。空のあの暗さも。辺りの鈍い静けさも。己の体の煩わしい重さも、オレはこれからどうすればよいのかも、何も、何も解らぬ。
一日の長さが以前とは違うのだ。こうしているともう、時間の感覚もないが。意味さえ、ないが。
時折ふとした事を思い出す。
何故か、お前がオレの名を呼ぶ時は、父上達の声とは響きが違って感じられた事を思い出す。お前は今でもオレを呼んでいるのか。小さなお前の声が聞こえる時がある。
何も出来ないお前は何もしなかった。いつでもオレの近くにいるだけだった、それだけだった。お前の距離はオレには馴染みのないものだった。
何故なのだろうな。お前がいた場所が、今、酷く寒く感じられる。人間界に行くまでは、どうせそこには元々何もなかったというのに。
オレには、解らぬ。
寒い。


* * *


王者に相応しい。
その言葉がどれだけ誇らしかったか解ってくれるだろうか。お前なら王になれる、ってこっちでの友達にも言われたんだが、それも勿論凄く嬉しくて光栄なものだった。 だけど、お前にそう言われた時は本当に……何と言ったらいい? その言葉自体が既に、王座を手に入れたと同等――もしくはそれ以上――の響きを持ってオレに降り注がれたんだ。 気高くて綺麗で、王者の鳥の名を持つお前。オレはお前のパートナーである事が誇らしかった。誰よりもオレはお前に誇りに思って貰える事が嬉しかったんだ。
……それなのにオレは。
お前を傷つけた。王の場所を目指して最も王から遠く離れた場所に踏み込んだ。お前を遠い所に置き去りにしてしまった。
呑み込まれた炎の底で、オレはこっちに戻ってきてからもその場所から二度と抜け出せないんだと思っていた――というより、そうでありたかった。オレはずっとそこで自分の過ちと共に死ぬまで苦しむべきだと。 だけど、そんな身勝手な罪科こそ何の意味もないんだと、オレに気付かせてくれたのもお前の言葉だった、お前だった。
オレは……今ならオレは、背を伸ばしてお前の前で堂々と立つ事ができると思うんだ。
オレの炎は優しい花みたいだと、お前はそうも言ってくれた。オレ達の本によく似た色のあの赤い花は今でもお前の傍で咲いてるかな。
君ありて幸福。オレもあの愛情の花のように、これからもずっとお前に誇りに思って貰えるように、美しく咲いていきたいよ。


* * *


影と光は同義なんだってな。人間ってのはなんてきれいな事を考えるモンだと思ったぜ。それをオレに教えてくれたお前の事も、なんて尊いんだって思ってたんだよ。
オレはこの通りの力を持つ種族だからな。オレ達は「影」の中で生まれてその中で生きてその中で死んでいく。ちょっと育った頃によ、他の種族の魔物が「光」の方で楽しそうに遊んでるのを見て、あァそうかってごく自然に思ったな。オレ達はあいつらとは決定的に変えようもなく違っていると。諦めってのとは違う。覚悟を決めたってんでもない。 ただそういうものなんだって思っただけだった。
だがまあ……どこかに羨む気持ちにも似た諦めがあったのかもしれないがね。
いや、あったと認めよう。オレがずっとずっと抱えていたその淀みを、お前は少ねえ言葉でぱっと消し去っちまったんだ。
オレはどうしようもねえ大バカ野郎で、ガキで、クソッタレだった。てめえの都合だけでお前を散々振り回しちまった。……多分お前は許してくれているんだろうと、そんな事を考えている自分をマジにクソッタレだと思ってるぜ。ガキのオレはどっかでいつもお前に甘えてたんだろう。すまねえな。
伝えられたか解らねえから、この事を本当に知っておいて貰いてえんだよ。
お前は本当に大事なヤツだったと。どれだけ感謝してるか解らねえと。オレが生まれた所は「影」だったが、お前はお前の思う世界でささやかでも星影に照らされながら生きて欲しいと。何よりもオレは、それを願ってる。
お前が言ってくれたようにオレが本当にあのきれいなモンと同じなんだったら、暗い空でも静かに光ってお前の足元に影を浮かび上がらせて、お前の存在を確かに知らせることができるんだ。
それって、なんて良いことなんだろうな。


* * *


お前は全く本当に厭きもせず、私の事を褒めてくれたな。カッコイイ、お前はカッコイイなと。
子どもの私が言うのも何だが、お前にはとても子どもっぽい所があった。魔物の術を見た時お前は歓声を上げていたな。びっくりしたぞ。お前と会った時は落ち着いていて強そうな男だと思ったからな。 私の相棒は変な奴だと思ったものだった。お前は見ていて危なっかしいぞ。
私は「強さ」が好きだ。お前も同じだったな。お前の場合は憧れという感情も混じっていたか。
だからあの時私は――更に強くなれると思っていたのだが……代償が何であれ、そんなもの逆に征服してやれるぐらいの強さが既に自分にはあるのだと思っていたのだが。 結局慢心だったのか。私はすっかり取り込まれてしまっていた――姿の変わった私を見た時もお前が喜んでくれたのは良かったが。
あの時の判断が好かったのか悪かったのか私は未だに考えている。……こういう事がまだ判らないから、私は子どもなんだろう。
だけどお前が褒めてくれたのは――お前は私を子ども扱いせずに、「私」自身を褒めてくれていたから――大人に対等に扱われている、という感覚はとても心地よいものなんだ。その誇らしい感覚は実際以上に自分に力があるという気持ちにさせ、そうして戦いを重ねる事で私は本当に強くなれていった。
戦いで良い攻防をする度に、敵に勝利する度に、新しい術を覚える度に、残りの魔物の子の数の報せが本に現れ私がその中に入っているのだと知る度に、お前は厭きる事無く私を褒めた。何度も何度も、それも変わらずいつも熱のこもった声と表情で。お世辞などじゃなく、その時その時いつも本気で褒めてくれた。
お前は最高にカッコイイ。
言葉というものにこれほどの力があると知ったのは初めてだ。褒められた事がないからこんなに喜んでるんだって意味で言ってるんじゃあないぞ、ジェットよ、お前に言われた事だからこれほどまでに嬉しく感じているのだ。 王を決める戦いで最終段階まで残ったという事よりも、私にとって最も価値があるのはお前のその言葉なのだろうと思う。
私は間違ったのか、どうだったのか――その答えはまだしばらく出せそうにないのだが。それでもお前は私がそう思う事を許してくれるだろうか? 今でもお前は私の一番なんだ。


* * *


小さくて小さくて、可愛くて可愛くて、あなたは本当に可愛い女の子だと思ったわ。
こんな可愛い女の子が私のパートナーなんだ! って判った時はほんっとうに嬉しくて、……ゴメンね、嬉しくて、その――思わずあなたをお腹に入れたままうんと遠いところまで走ってっちゃった……。
ゴメンね、あなたはまだちっちゃいのにお母さんたちから長いこと離しちゃって。さびしかったでしょう、怖かったでしょう。最初ずっと泣いてたものね。ゴメンね、あなたを泣かせるなんて絶対にそんなつもりはなかったんだよ。絶対に泣かせないって思った。絶対に守るって。
あなたはそんなにちっちゃいのに、私と一緒に戦ってくれてありがとう。
私、ほんとにほんとにあなたのことが好きだったの。だからね、ほら、あの、その……好きな子に嫌われるのイヤじゃん! 笑われたら恥ずかしいじゃん! だから私、なんにも喋れなかった――あなたはずっと、私に話しかけてくれてたのにね。あとちょっとの勇気が出せなかった。
それだから、そんなに大好きなあなたから、大好きジェデュン大好きよ、って言われた時は嬉しすぎてどうにかなっちゃんじゃないかって本気で思ったのよ。あの時泣いちゃったもん。
私はあなたをむりやり連れてきちゃったのに、小さな可愛いあなたをむりやりこんな戦いにまきこんじゃったのに、そんな私を好きになってくれた。絶対に、絶対にこの子を傷つけるもんかって、王様になりたいっていう気持ちより強く思ったわ。実際王になれなかったけど、いいの、私はあなただけの王様だもんね、ね?
私達の一族はね、ここ。あなたが入ってたお腹のカプセルね、これ女の子にしかついてないんだけど、お母さんは自分の子どもをここにいれて育てるんだよ。守るのよ。私も赤ちゃんの時はずっとお母さんのお腹でいい気持ちでいたわ。
あなたがそこに入ってる時、ぬくぬくして幸せな感じで私はもっと強くなれたような気持ちだった。
あなたのぬくもりは私を強くした。お母さんのみんなもきっとこんな気持ちなのねー。あなたもぬくぬくして、幸せだった? 何よりも安心していた? にこにこしちゃう。
またあなたをぎゅってしたいなあ。またあなたの笑ってる顔が見たいなあ。また大好きって言ってくれる声を聞きたいなあ。今度こそ、沢山たくさんお話しするの。


* * *









ガッシュはどのペアにも愛があると思います。
小さくても大きくても、どんな形でも。
それで子ども達は皆、その人と出会えて、幸せだった、と思ってて欲しいです。
善い人でも悪い人でも、どんなパートナーでも。

* * * * * *

パートナー独白の対のようなもの。
人から褒められるっていうのはむちゃくちゃ嬉しい事で、特に子どもが親から褒められた事っていうのはほんっと嬉しくてずーっと心に残ってるもんだよなァ…という訳で、この話のテーマはパートナーから「言われて嬉しかった言葉」。
全部が全部そうじゃないですけど基本テーマはそんな感じです。
そういう事してる場合じゃないペアもいますけど、パートナーは皆自分の子どもを大好き大好きすきすき大好きっていう気持ちでいっぱいにしてあげていてほしいです。 体を抱き締めるのでも心を抱き締めるのでもなんでも、それぞれの人のやり方でとにかくもー全身全霊で大好きなんだよと。子どもの胸が愛情で溢れんばかりにしてほしい。
パートナーがいい人だったとか悪い事したとかそういうのはこの際置いといて、とにかくペア間の事に重点を置きました。
マジで皆パートナー大好きであれ…
因みに誰が誰かは取説をドウゾー★
書きたい魔物の子が思いついたら今後も随時追加していきたいです。

07.10.23



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