「長くて綺麗な髪だったのに」
「……」
「もう梳いてあげられなくなるじゃないか」
「…バカね、髪の毛全部無くなる訳じゃないのよ、それをまた梳いてくれればいいのよ、今までみたいに」
「…ああ…そうだな――」



神様って奴は弱者にサディスティックなまでに残酷だ、と思う。
どうしてこの世界はこんなにも、金持ちと貧乏人の差があり過ぎるのだろう?金を持ってる奴は厭きれる程に持っているし、金を持っていない奴はどこまでも持っていない。何が”黄金は満ちみち海と山の幸に恵まれし富める国”だ、彼は自分の国の歌が心底嫌いだった。
2年前に父が死んだ。
それでなくともぎりぎりで保っていた生活が、どん底にまで苦しくなった。年の離れた妹は、その時7歳と5歳で、唯一人の弟は4歳、1番下の妹はまだ産まれたばかりだった。
父が生きていた頃からも、母が裁縫や掃除等の注文を受けて僅かな金を得ていたけれど、それは本当に僅かなもので、だから物心ついた頃からやれる事は何でもやって家計の助けをしていた彼は、父が亡くなってからは毎日唯ひたすらに仕事を探した。何でもやった。金が貰えるのなら何でも良かった。
ウルル、ごめんなさいね、貴方ばかりに苦労をかけて。
「何を言うんですか、母さん。長男のオレが働くのは当然だ」
何でもやった。金が貰えるのなら何でも良かった。毎日ボロボロになるまで街中駆け回って仕事を探して働いて、それなのに腹一杯の食事を、たった1日だけでも満足に出来る様にさえならないのだ。 1日に3つだけの小さなパンを家族で分け合って1週間を過ごす様にまでなった頃、母は何度も彼に謝る様になった。本当に悲しげな母の顔を見るのは、嫌で堪らなかった。
そんな生活の中でも、家族全員が毎日欠かさない事は食事前の主への祈り。
父も母も敬虔なクリスチャンで、彼も幼い頃から聖書等の勉強を受けた――12歳を過ぎた辺りから、神様の存在を信じなくなったのだが。けれど母の事は愛していたし、その教えも彼自身間違いなく正しい事だと思うので、母の教えは守り続けていた。
人を傷つけてまで、自分が何かを得ようとしてはいけないわ。
だから彼らはどんなに空腹でもパンを盗むと言う事はしなかったし、誰かを傷つけて金を得ようとした事はなかった。どんなに苦しくとも、心は清らかであれば幸せなのだと。神様がお守り下さるのだと。
「母さん、食べないんですか?」
ある日の朝食の時、自分の分のパンに手をつけていない母に彼が尋ねると、母は首を振って今日はお腹が空いてないから、と答えた。
「…食べて下さい、母さん。体が弱っているんですよ」
母の考えている事を理解し、彼は強い声で言った。
良いのよ、1食ぐらい。レイチェル達に食べさせてやって。
「なら母さん、レイチェル達にはオレの分をあげますから母さんは食べて下さい、オレが1番体力あるんです」
駄目よ、貴方は母さん達よりも栄養が要る年齢でしょう…
微笑む母に、何も言えなかった。拳を握り締めた。
お兄ちゃん、お腹減ったよぉ…
パンを食べ終えた妹達が背の高い彼の足に抱きついて来、弱々しく彼を見上げた。
「今日はこれをお食べ」
屈み込み、自分のパンを千切ってそれぞれの小さな掌に載せてやった。この子達の手は、何て痩せ細っている事だろう。
足りないよ、兄ちゃん。
あたし達いつも神さまにお祈りしてるわ、なのにどうして?神さまは意地悪なの?
お兄ちゃん、神さまは本当にいるの…?
彼は小さな小さな妹達を抱き寄せて、こう言うしかないのだった。
「大丈夫だ、ここには神様はいなくても、兄さんがいる。母さんもいる」
朽ちかけたアパートの階段を下りながら、彼はもう冷えて固くなったパンを口に入れた。既に味も感じないが、殆ど飲み込む様にして食べきった。たった一口。
泣きそうになった。
錆びれた階段を下りきった所で彼は空を見上げた――睨みつけた。天に召します我らが父よ、聞いているのかオレ達の祈りを、最期まで家族の事を想っていた父さんと誰よりも優しい母さんと世界中で1番純粋なあの子達を苦しめる、これがあんたの試練だというのなら、試練なんざくそくらえだ!
それから、いざという時の為の小型ナイフ――しばしば遭遇する暴力沙汰の中で、時に刃物を持ち出す奴がいるからである――を、パチンと閉じてコートの内ポケットに仕舞い込んで歩き出した。ナイフを閉じたその音は、空虚な響きを持って耳に残った。


彼は再び訊いた。
「何だって?」
目の前の少女は説明を繰り返す事にいかにも腹を立てた風に、大袈裟な動作で両手を腰に当てた。その手に持つ大きな本がアンバランスだ。
「だから言ってるでしょう?この本とこの私…パティ様の力があれば、お金なんてすーぐ手に入れられるのよ」
初めは哀れな貧乏人をからかう金持ちの子どもの冗談かと思った。仕事の話以外はオレに関係ないぜ、お嬢ちゃん。
あなた、この本が読める?
次は、本気で莫迦にされているのだと思った。10歳前後からのきちんとした教育は受けていないが文字の読み書きぐらいは中流の人間と同じぐらいにはできるし、母がある程度の勉強を教えてくれた、子どもが持っている本ぐらい読めるに決まっているのだ。けれどその本を開いてみれば、見た事もない――およそ文字とは思えない様な文字がびっしりと並んでいたのだ。
唯一つ、文字の羅列の中で僅かに色がついている行があり、そこだけは不思議と読めた…というよりも、”解った”のだった。アクル、と。
彼が知らず呟いた時の少女の喜び様は、とてもからかいや冗談等といったものではなく、一生食べきれないぐらいのお菓子をあげようと言われても彼女はこれ程までに嬉しそうな顔はしなかったろう。
あなたが私の本の使い手!今から私が言う事をよく聞いて!
――最後は、この子はちょっとおかしいのだろうかと思った。身なりも裕福そうだし顔だって人形よりもずっと愛らしいのに、何を言っているのだ。魔界?千年に1度の王を決める戦い?100人の魔物の子?テレビか何かのストーリーなのだろうか、それは。
「あなた言ったわね、お母さんや妹達の為に仕事を探してるって。この本を使えば仕事を探すなんてしなくてすむわ」
そう言って、少女は殆ど赤に近い、濃いオレンジ色の本を差し出してきた。
「お腹すかしてる母親や妹達にご飯を食べさせてあげられるの」
「…あんた、何を言ってるんだ?」
本を見て、少女を見た。座ったまま動こうともしない彼をキッと睨み、少女は本を押し付けた。
「いいから立ちなさい!全く、レディの言う事を信じない男って嫌ね、これが嘘なんかじゃないって解らせてあげるわ」
無言の彼が渋々立ち上がり始めたのを見ると、少女は左手は腰に当てたまま、右手をすぐ傍に立っていた樹にすっと向けた。
「さあ、呪文を唱えてご覧なさい」
「…。…アクル」
さっさと何処かに行って欲しいと、彼は本を開いてボソリと呟いた。たちまち少女に怒鳴りつけられる。
「ダメ、もっと大きな声で、心を込めなきゃ術は出ないのよ!」
それから少し考えて、
「そうね、この樹を大嫌いな人間…にくーい敵だと思って。あなたソイツに襲われそうだわ、術を出してやっつけなきゃ、ホラ!」
やれやれ、胸の内でそう思ったが、もうどこまでも付き合ってやるさとも思い、言われた通りイメージをしてみた。1週間前、パンを買って帰る途中、路地裏で食糧目当てのごろつき共に襲われた。2,3人ぐらいどうという事はなかったのだが、1人が棒切れを持っており嫌と言う程殴りつけられた。血を流して地面に倒れている間、そいつ等が本当に憎かった、何でも良いから奴らを倒す力が欲しかった。
「――アクル!」
叫んだ瞬間、手にした本から強い光が発せられ、それと同時に少女の右掌から凄まじい勢いで何かが一直線に迸り出た。それが水だと解った時にはもう、目の前にあった樹がメキメキと音を立てて真っ二つに折れ始めている所であった。
「あら凄い、イメージだけでここまでやれるなんて」
弾んだ声を出してから、本を持って呆然としている彼の方を振り向いて笑った。 「どう?これで信じたでしょう?」
「あ――お、おい、お前これ――」
「お前じゃないわ」 少女はぴっと人差し指を突き出して、 「パティ、パ・ティ・ちゃ・ん、よ」
返事はせず、開かれた本に眼を落とした。さっき、呪文を口にした時確かに光った。それも今思えば、不気味な…この世ならざる印象を受ける光であったと思う。
「そうだわ、まだ訊いてなかったわね。あなた、名前は?」
彼はゆっくりと少女に視線を戻した。 「…ウルル」
「そう、いい名前だわ」 花が咲いた様な笑顔を見せ、すぐに少女――パティはすたすたと歩きだした。 「行くわよ、ウルル。お金が欲しいんでしょう?」


妙な事になったものだ。オレが探してたのは仕事だぞ、こんな御伽噺みたいな世界との遭遇じゃないんだ。
うらぶれたスラム街を歩いて行くパティの足取りは何の迷いもなく、後ろを唯ついて行っている自分の足取りはふらふらとしていた。どこへ行くつもりなのだろう。
「良い事?貴方にお金を手に入れさせてあげる訳だけど、そのかわり!」 突然パティが立ち止まって振り向いた。 「世界中を旅してでも、私をガッシュちゃんに会わせて!」
胸にばんっと手を当て真っ赤な顔をして言うパティを見てぽかんとする。 「…誰だって?ガッシュ?」
「ちょっと気安く呼び捨てにするんじゃないわよ、ガッシュちゃんよ!」
「どっちだろうとどうでもいいが、そのガッシュってのは」
「知りたい?知りたい!? ガッシュちゃんはね…」
彼に皆まで言わせずパティは両手を顔の横で組み合わせ、くるりと優雅に回った。
「私の恋人なのよ!」
言葉に詰まった。パティはどう見ても彼の2番目の妹と同じ7、8歳と言う所だ。そんな子どもが恋人だとか――魔界という所は人間界よりも子どもが大人びているのか?それこそどうでもいい事が頭を巡っている間に、パティは嬉々として喋り出していた。
「え?私達のなれそめ?いいわ、特別に教えてあげる!ガッシュちゃんと私はね…」
――そのまま優に10分間、彼は立ちっ放しでパティの話を聞いていた。途中で本を投げ捨てて帰りたいぐらいだった。
「…でね、私は魔界の王にだなんて全然興味は――ううん、ちょっぴりあるかな?――ないんだけど、でも私は戦うの!こんなか弱い乙女がよ、どうしてだか判る?少しでも敵を減らしてガッシュちゃんを王にする為によ!あの人を王様にする為に私は何でもするわ、健気でしょう?ブラゴっていうすっごく怖くて怖くてつよーいのもいるけど、ガッシュちゃんなら…ガッシュちゃんが王様になったら結婚して、そして私は女王様、素敵よ、素敵だわ!」
そろそろ良いだろうと言う辺りで彼は口を挟んだ。 「そのガッシュってのはどこにいるか判ってるのか?」
「判ってないわよ、だから世界中旅してでもって言ったじゃない」
「オイ、オレは金もパスポートも持ってねえぞ」
「何よパスポートって、そんなのが要るの?知らないわよ、それは貴方が何とかするのね、でもお金は私の力で…」
そこまで言ってパティはハッとして、「そうよ、今からお金を手に入れにいくんじゃない!急ぐわよ、ウルル!」
途端、パティは走り出した。一瞬躊躇って彼も後を追った。
パティが立ち止まったのは、スラムの入り口付近…いわゆる”普通の”人間達が住んでいる街の外れにあたる場所にある小さな宝石屋の前だった。今は客足が少ない時間で、ガラス越しに見える年配の店主も暇そうにしていた。
「さ、ウルル、頂きましょう」
両手をすっと店の方に突き出したパティが言った言葉は、彼の胸にねっとりとした嫌な物を抱かせた。
「…待て。もしかして頂くってのは…」
「お金じゃなくても良いわよね、宝石とかでもお金に換えられるんでしょう?」
「そうじゃない、お前はこの店を襲って宝石を盗るつもりなのかって訊いてんだ」
「それ以外にどうすると思っていたの?」 余りにもあっさりとパティは言い放った。 「まさか私の術を面白い芸として見世物をやってお金を貰うとでも?」
さっさとやりなさいよ、とパティは促す。
「それとも貴方、このくらいの事もできないの?」
出来る訳がなかった。今言われた通りに呪文を唱えられたなら、これまでにだって幾度となくパンや服を盗んでいたに決まっている。それをさせなかったのは、母の言葉だった。無意識に本をぎゅっと握り締める。本全体がぼう…と鈍い光を放ち始めた。その光は彼の心の迷いをそのまま表しているかの如く、強くなったり弱くなったりを繰り返している。
「ホラ早く!」
パティの苛立った声。弱まる光。オレはどうしても金が欲しい。光が強まる。だけどこんな事で――
「家族がお腹を空かしているんでしょう?」
一気に光が強まった。母さんオレは――店主がこちらに気付いた様で、訝しげな顔を向けた。目を閉じる――人を傷つけてまで――そうだ、やっちゃいけない――何かを得ようとしてはいけないわ――こんな事で金を手に入れたって母さん達は喜ぶもんか――母と妹達の顔が浮かんだ――お兄ちゃん、お腹減ったよぉ…神さまは本当にいるの?…――私はいいから、レイチェル達に食べさせて―――母さん!
彼が目を開くと同時に目が眩む程の強い強い光が本を包み込んだ。
「アクル!」
その瞬間から彼は、自分はこれから欠片さえも知りはしない世界での戦いから逃れられなくなった事を知り、その日から彼は、今まで欠かした事のなかった食前の主への祈りをやめたのだった。
罪の果てに手に入れた食べ物、これが天の父の恵みである筈がなかったから。


スラムの奥の奥、廃ビルの地下にある店を訪れた。ここでは金さえあれば不法な物も何でも買えるし、真っ当な手段で手に入れたものではない品物だって金に換えてくれる。数分後、十数枚の札束を握り締めた彼が階段を上ってくると、ビルの前で待たせていたパティが得意げに胸を張ってみせた。
「ホーラ、私の力があれば簡単にお金が手に入ったでしょ?感謝するのね」
眉間に皺を寄せて、何も言わずに元来た道を歩き始める。
「ちょっと!どこへ行く気?」
「オレの家だよ」
「忘れてないわよね、ガッシュちゃんの事。今すぐ捜しに行くのよ」
彼は足を止めた。 「今すぐだと?」 パティが頷くのを肩越しに見て、体ごと振り返る。 「冗談じゃねェ、オレにだって事情ってモンが…」
「なってないわ」 パティがぴしゃりと言った。 「貴方私に対する態度が全然なってないわ。私は貴方と貴方の家族の恩人よ、それなりの態度と、言葉遣いってものがあるでしょう?」
思わず睨みつけそうになったが、パティの言う事も真実なのだ――方法はどうあれ、パティのお陰で手に入れたこの金で2週間分は家族全員の充分な食糧が買える。彼は苦々しげに口を開いた。
「…感謝していますよ、パティ、だけどオレにも事情が――」
「オレじゃない、僕か私」
「……私にも事情があるんです、今私がここを離れたら母達は――」
そこで、言葉を止めた。
自分は母達を守らなければいけない、しかし、家族の中で1番食べる量が多いのは自分で、自分がいなければ妹達が腹一杯に食べる事が出来るではないか。だが金は?――金が手に入れば郵送ででもして届ければ良い、今の時代は便利になった。
僅かの間で考えをまとめ、パティに眼をやって頷いた。
「判りました、すぐに行きましょう。だけど少しだけ待って下さい、これを家に届けて、事情を説明してこなければいけませんから」
少し長い手紙を書いた。やっと落ち着いた仕事が見つかったと、それでこれだけの金が手に入ったと、けれどその仕事は世界中を周らなければいけないので急な話だが今日旅立つ事になったと、いつまでかは判らないが長い間家には帰れないと、だけど旅先から金や物を送るからと――母さん、レイチェル、ジェシカ、ヒュー、ポーシャ、体に気をつけて、元気な姿で兄さんを迎えて下さい。
書き終えた手紙で金を包み、ドアの隙間に挟んで置いた。
階段の下では腕組みをしたパティが待っていた。 「妹って何歳ぐらい?」
「まだほんの子どもですよ、10歳にもなっていない子が4人です」
「ふーん」 パティはちらりと彼の顔を見た。 「いいお兄ちゃんなのね」
「大人が子どもを守るのは当たり前だ」
「エヘヘヘヘ、頼もしいナイトね、私の事も当然守ってくれるわよね?」
彼の方もパティに顔を向けると、にこりと笑う。魔物だとは思えない、天使の様な笑顔だ。 「パートナーになるっていうのはそういう事、生きるも死ぬも一緒の運命共同体よ」
まだ小さいのに難しい言葉を知っていますね、これは言う必要もない言葉なので言わずにおいて、替わりに別の言葉を選んだ。
「本を燃やせば終りと言っていたでしょう、死ぬ事もあるんですか」 今更ながら、この戦いに不安を抱く。
「物の例えって奴よ、でもうっかりしてたら死ぬかもね」
「死にませんよ、私は。死ぬ訳にはいかない」
「だったら、何が何でも私と本を守る事だわ」
溜息をついて、改めてパティをじっと見た。本当にまだ子どもだ。魔界に両親だっているだろう。それを突然海外だとか生易しい距離ではなく全く別の世界へ連れてこられたのだ、こんな小さな子が。しかも子ども同士で命懸の戦いをしろだと?本当ならばどんなに恐ろしく心細い事か。彼女を支えているのは多分、先程話していたガッシュという子の存在だ。どうしたって恋人だというその子と逢いたいと語ったパティの表情は、どこまでも一途で純粋だった。
――ふと、自分もどうしてもこの少女の願いを叶えてやりたくなった。
「…行きましょう、パティ」 小さな彼女に手を差し伸べる。
パティは元々大きな目を更に大きく見開いてぱちぱちと瞬きをしたが、直に笑顔でその大きな手を取った。 「で?私を守ってくれるのかしら、ナイトさん」
ハイ、と頷く。
「貴女を守りましょう」
そうして彼らは歩き出した。彼は振り返らなかった。
彼が今まで自分の全てに代えてでも守りたいと思うのは、母と妹達だけだった。けれど、このどうしようもなくわがままなお姫様と世界を周る様になり――それから2ヶ月も経たない間に、彼はそうやって守りたい存在が、もうひとつ増えた事に気付くのだった。



岩よりも巨大な獣が吼える声が城壁を揺るがす。忌まわしい光を出し輝き続けている宝石の様な石を頭上に抱いて。さながら奴の王冠と言った所か。
何故、自分は今パティと初めて会った日の事を思い出しているのだろう。そんな状況ではない、それこそ命懸の状況だというのに。
圧倒的な別れを意味する火が、パティの本を燃やし始めた所為なのか。
全くやれやれだ、何にも代えても守ると誓っておきながらこのザマだ。
歯を噛締める。たった今、目の前でアルヴィンの本が燃え尽きた。ビョンコが消えて行った。痛い程に歯を噛締める。
「解った、ウルル、うまくやってね絶対に!」
パティが言った”最後の賭”を頭に叩き込む。成功するか判らない――成功させなくてはいけない。アルヴィン、ビョンコ、あんた達の為にも。
「長くて綺麗な髪だったのに」 血の味がする口を開いて言った。
「……」
「もう梳いてあげられなくなるじゃないか」
起床時や、風呂上りの時、長くて1人では扱いきれないパティの髪の毛をよく櫛で梳いてやっていた。プラチナブロンドの美しい彼女の髪の毛は、光を受けてきらきらと星屑を散りばめたかの様になるのだった。
「…バカね、髪の毛全部無くなる訳じゃないのよ、それをまた梳いてくれればいいのよ、今までみたいに」
「…ああ…そうだな」
どんなに足掻いたってもう決して開かれない扉の向こうの”これから”だと、知っていながら2人は言葉を紡いだ。
炎は無慈悲に本を燃やし続ける。上等だ、最後まで手を離さずにいてやるぜ。
何だこの直接攻撃は、もう作戦を考える力もねえか!?
懐に手を入れ、パチンと音を立ててナイフを開いた、「パティ、最後の呪文だ!」


「ありがとう…」
――パティが慕い続けた少年が、パティを助けてくれた。そして、パティを――パティとビョンコを友達だと、涙を流しながらそう言ったのだ。
…ああ、お前の言ってた通り、良い目をしてる。ふらつく足で、立ち上がった。
涙で周りの景色がぼやけている。そして、パティの姿はもう、殆ど消えかけようとしていた。
パティが顔を上げた。 「――ウ…ルル?」
火傷でズキズキと痛む右手で、透明に近くなったパティの頭を抱き寄せる。
耳元で呟いた言葉は、とても短いものだった。
パティがハッとした顔で自分を見た。それからすぐに――完全に消える瞬間にこくんと頷いたのを見た。
パティが最後に見せた笑顔は、彼が今まで見た彼女のどの笑顔よりも、幸福そうなものだった。




”さようなら”なんて言いはしない。
「またな」
きっとまた、逢えるから。






捏造もいい所な話。特にパティちゃんお別れシーンとか何勝手に付け加えてんだって感じですが、だってサー4ヶ月も一緒にいたんだからサーやっぱお別れの言葉がサー(いじいじ)
ウルルの家族構成と名前については100%捏造です。「オーストラリア生まれ女優 俳優」で検索して気に入った名前をつけました(何て奴だ…) 本当はもっと旅中のお話とかも考えたのスが、私の話は無駄に長くなる事が常で今回も然りだったので割愛…また別の機会に☆
所で現実問題次回からウルルとアルヴィンがどうすんのか気になりまス…端っこで邪魔にならないようにいるのだらうか…
最後に!ウルパティ大好きだ!!!!

04.3.20


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