聖母の花 立ち寄ったカフェのテラスの上、シンプルな花瓶に上品に挿されていた一輪の薔薇を見て、パティが言った。 「やっぱり私に似合うお花はバラよね」 ウルルはといえばパティの向かい側の席に座ってグラスの水を飲んでおり、パティの声にちらりと眼を向けた。 「この美しさ、気高さ、お花の女王様みたいな真紅の大輪のバラこそ私に相応しいわ」 テーブルに頬杖をつき、うっとりとパティは言う。 「ねえ、ウルル?」 「え?…あ…そうですね」 気の無い返事にパティは頬を膨らませ、それから席に座り直し、注文したものが運ばれてくるのを待った。 ウルルはパティと薔薇を交互に見比べる。確かに似合うかもしれないが、もっとパティに似合う花があった様な気がするのである。 思いついて、口を開いた。 「パティにはカサブランカがよく似合うと思いますよ」 カサブランカ?大きな青い目を向けて、パティが訊ねる。 「百合は知っていますよね?」 「知ってるわ」 「私も花には詳しくないですが…カサブランカはオリエンタル・リリーの中では最高の美しさを持ち、百合の女王と呼ばれている筈です。高貴さと優雅さを併せ持った花ですよ」 何者にも汚される事は許されない白さ。大胆に咲き誇るその白は純潔の象徴。 「キリスト教――人間の宗教のひとつです――では、百合は聖母マリアの象徴でもあり、カサブランカもそうです」 「…ウルル、詳しいじゃない」 「両親がクリスチャンだったんでね」 それから花言葉は確か――言いかけて、ウルルは少し笑った。 「高貴、とか――雄大な愛、とか。貴女にぴったりじゃないですか?」 既に説明の初めの辺りから頬を桜色に染めていたパティは、宝石の様に眼を輝かせて大きく頷いた。 「良いじゃない、それ、正しく私だわ!」 でしょう?ウルルは微笑んだ。 純潔なもの、それは傷つきやすく脆いもの。 優雅に力強く咲き誇りながらも、本当は手折れやすい聖なる花。 そしてその花を守るのは、自分なのだ。 04.4.18 |