■例えば、少年とロボットの場合
「グラブ、クリスマスというものはどんなものだ?」 そう訊いた途端、これ以上はないというぐらい露骨に嫌な顔をされた。腰掛けているベッドの上に読んでいた文庫本を閉じて置き、これ以上はないというぐらいわざとらしく深い溜息をついた。 「一体、コーラルQ、どこでそんな下らない言葉を覚えたんだ?」 「さっき、ここの女主人がお前に言っていただろう、メリークリスマス、サンタさんが来るといいね、と」 近頃野宿の連続だったグラブ達は、久しぶりに宿に泊まっていた。こういう個人経営している宿はホテルと違ってごまかしがきくからと、グラブが殊勝な態度で宿屋の主人を言いくるめたのだった。僕、両親が離婚しててそれで今日向こうの町にいるお父さんに会いに行く所なんです、でもこの町に着いたらもう夜になっちゃったし、お金も列車代しか持ってないし、どうか泊めて頂けませんか?(傑作の演技だった。白衣にくるまれて息を潜めていたコーラルQは、噴出しそうになる度叩かれた) こんな小さな子どもが、と女主人は同情したものの、宿代がないと聞くとやはり迷ったようであったが、ロビーに飾ってあった高価なアンティークものの――壊れて動かなくなりどこの店でも修理できないので困っていた柱時計をグラブが完璧に修理してみせると、大層喜び宿代はそれでチャラ、という事になったのだった。 「教えてやるよ、クリスマスっていうのはつまりキリストのミサ、主なるイエス・キリストが生まれた日を祝う聖誕祭さ。でもイエスの誕生日が今日だって言う証拠はないから、北欧かどこかの冬至の祭りとでもごちゃまぜになったんじゃないの」 「イエス・キリストとはどんな人間だ?」 「いつも言ってるだろ、僕が教えるのは最初だけ、後は自分で調べろって。そうしないと知識は身につかない」 「ピッポッパ、私も魔界で人間界についての書物を読んだ事はある、クリスマスというものの存在も一応知っていた」 「へえ、そりゃ良い事だ。で?お前も祝いたいのかい、聖なる日を、魔物のお前が?」 コーラルQは少しだけ考えて首をぐるぐる振った。 「プー…そういう訳ではないのだが…確かプレゼントが貰えると書いていたピヨ」 「クリスチャン以外の人達は結局ボクシングデーが楽しみなんだよ」 冷めた声で独り言の様に言う。 「サンタ…サンタクロースという者は?あんな者本当にいるのか?」 グラブは途端に子どもらしさ皆無の顔になり、ふっと息を吐き出して笑って、肩をすくめた。 「ま、僕もわざわざ子どもの夢を壊す気はないから、今から約百年前にアメリカの新聞に掲載された文章を引用させて頂こうか」 それから何も感情を込めずに、暗唱を始めた。 「”サンタクロースを見た人はいません。けれどもそれは、サンタクロースがいないという証明にはならないのです。この世界で一番確かな事、それは子どもの目にも大人の目にも、見えないものなのですから”」 言い終えて皮肉か本音か判らない言葉を付け加える。 「大人の割には良い事言うよな」 コーラルQは聞き終えても無言だった。腕組みをして首を左右に捻り、アンテナをピコピコと回転させる。 「…つまり、どういう事だ?」 「そういう事さ」 グラブは言い放った。それから目の前に正座していたコーラルQをいきなり掴み、うっとりとした表情で話し始めた。 「それよりさあ、さっきの時計の構造、見たか?見ただろ?隙間から見せてやっただろ、凄いよなあ、科学もろくに発達していない時代にあんな複雑な仕掛けで時を正確に刻む方法を生み出したんだ、あの沢山の歯車…どんなに小さな歯車でも欠けたら全てが台無しになるんだ、あの蜘蛛の巣の様な幾何学的模様、美しいよな…」 コーラルQはげっそりとして溜息をついた。クリスマスというのはどうやらお祭りのようなものであるとは知っていたから、ちょっとでもグラブと楽しくやりたかったのだが。 飽くなき探究心を持つこの少年には、聖夜よりも古時計の方が魅力的であるらしかった。 ■例えば、男と氷の子の場合 この冷たくて白いものは何だろう? レイコムは地面に座り込んで、辺り一面に積もっているものをそっと両手ですくってみた。空からひらひら何か降ってきているのだけど、まさかこの小さなものが集まって、辺りを白くしているのだろうか? 白いものを口に入れてみる。味はないのだが、その心地よい冷たさがとろける様な甘さを感じさせる。 「レイコム」 ざくざくと白いものを踏みしめて、買い物袋を提げた彼がやって来た。コートを着ているが、それは薄いものだから酷く寒そうだ。 その”寒い”という感覚は、レイコムには決して知る事のできないものだ。”冷たい”というものも解りえない、こんなに気持ちいい温度はないというのに。 しかし、この人間界という所は不便だ――レイコムが魔界でいた所は、年中レイコムにとって過ごしやすい気候であったのに、この世界は一日でさえくるくると温度が変わるのだ。だからこの世界へ初めて来た時は、少しでも暑くない所をとさまよい歩いて倉庫に潜り込んだ。 そこへ入ってきたのが、この男――人間界でのたった一人のパートナーだった。 「クソ…寒ィな…おい、お前雪なんか食うな。汚えぞ」 「ユキ?ユキっていうのか、これ」 「そうだよ。知らねえのか?」 「知らない。氷は知ってるけど」 「全く、ほんとにどこの国の人間だよお前…やたら暑さに弱いから北国から来たのかと思えば、雪を知らないだと?」 「こことは違う国」 「それは最初に聞いた」 忌々しげにそう返事をしてから、それよりも、本当に人間なのか、とぼそりと呟いた。抱き締めていた大きな青い本を、更に強く抱き締めながら。 「ったく、街はクリスマスで浮かれてやがるしよ…」 ボサボサの髪の毛を掻き揚げる。喋る度に白い息が吐き出された。それを見て、こいつも少し頑張ればオレみたいに氷が吐けるんじゃないかと何となく考える。 「細川、寒いのか」 「見りゃ判るだろ。お前が異常なんだよ。ボロコートしかねえしな」 じっと彼の顔を見上げる。その氷みたいな冷たい眼で見るなと言われていたから、眼はあわさないようにして。 レイコムはすくっと立ち上がった。 「行くぞ、細川」 「あ?」 確か、ここへ来る途中の商店街にマフラーとか手袋とか、暖かそうな――レイコムにとっては暑そうな――物が売ってある店があった筈だ。 「ちょっ…冷てェよ、そんなに強く握るな!」 空いている方の彼の手を握り締め、走り出す。彼の手は温かい。レイコムにも丁度良い温度だ。 今日はどうやら人間同士でプレゼントを渡しあう日のようだ。だったら、オレもこいつにプレゼントをしてやろう。 冷たい雪が降りしきる中、走り続けるレイコムは少しだけ笑っていた。 ■例えば、きみとぼくとの場合 「何をお願いする?」 うれしそうに笑いながらきみがいう。 「ノポポイ!」 「えっ?なんにもいらないの?どうして?」 きみはとってもふしぎそうに聞いてくる。ぼくはただ笑うだけ。 だってきみといっしょにいられるだけで、こんなにもうれしいのに、もっと何かをお願いしたりしたら、きっと神さまに怒られる。 「もったいないわよ〜ヨポポ!せっかくサンタさんがプレゼントくれるのに!私はどうしようかな?新しいお洋服にしようかしら、ううん、髪留めでもいいわ、ね、どう思う、ヨポポ」 「ヨポイ!」 「ハハハ、ジェムにヨポポ、2人ともそんな所で何をしてるんだい?」 おじいちゃんが笑っていう。 「サンタさんへのお願い事の相談よ!」 暖炉の前はおきにいりの場所。ひみつのお話をするところ。 「うーん、でもやっぱりヨポポ、あなたも何か頼みなさいよ!ヨポポは家のお手伝いたくさんしてくれた良い子だもの、絶対プレゼント貰えるわ。お母さん達はね、おもちゃをくれるのよ、きっと!だからおもちゃじゃないもの…」 ぼくはきみの手をにぎる。ぼくはまだきちんと話すことができなくて、大好きなきみの名前も言えないけど、この心はちゃんと伝わるといいな。 「トポポイ!」 「トモダチ?うん、私達トモダチよ、親友!」 「ヨポポイ、トポポイ、ヨポイ!」 「え?…私と、トモダチ、ずっとトモダチでいたいってこと?」 「ヨポイ、ヨポイ!」 「…もしかして、それがお願いなの?」 「ヨポポイ!」 とってもすてきな顔できみは笑う。ぼくはきみの笑った顔が大好きで、悲しそうな顔はみたくない。 「私もよ、ヨポポ、私もヨポポとずっと一緒にいたいわ…あのね、ヨポポ、もし、もしあなたの家も親もこのまま判んなかったら――私の家の子になっちゃいなさいよ!私の弟になるのよ、母さんもおじいちゃんもヨポポのことが大好きだし、ね、ヨポポ?」 「ヨポ…」 ぼくはなんていえばいいんだろう。ほんとのママもパパも大好きだけど、おんなじようにきみもママもおじいちゃんも大好きだ。だけどぼくは…いつかぜったい魔界に帰らなくちゃいけない。きみをおいて。 その時のことは考えるだけでいやだけど、だからきみといられる今をもっともっと大切にしなくちゃいけないと思う。 ごめんね、ぼくはうそをつく。 「ヨポポイ!」 「ホントよ、ヨポポ!やった!」 ごめんね、ごめんね。 なんとなく、なんとなくだけど、きみはきっとぼくの本の使い手なんだと思う。できればきみに本を読んでほしくないけど…きみを戦いにまきこみたくない。 「ジェムー、ヨポポー、いらっしゃいご飯よ、ヨポポの好きなクリームシチューよ!ケーキを食べた後はプレゼントがあるわよ」 「はーい、お母さん!いきましょ、ヨポポ!」 きみはぼくの手をとっても優しく、ぎゅってにぎってくれる。 きみにはなしちゃダメって言われたこの手は、ぜったいにはなさないよ。 「あのねヨポポ、サンタさんはトナカイのひいてるソリに乗って煙突からやって来るのよ、うちは煙突があって良かったわ。トナカイはね、赤鼻のルドルフって言うの、凄いでしょ、お鼻が真っ赤なの!ピカピカ光ってるのよ、フフ!」 「ヨポポイ!」 ぼくはきみの笑顔をまもるよ。 ぼくがどうなったって、ぜったいにきみをまもるからね。 ■例えば、彼とお姫様の場合 どこで憶えたのか、お姫様はちゃあんとクリスマスという聖なる行事を知っていた。 ホテルのふわふわのベッドにお人形の様にお行儀よく腰掛けて、愛くるしい表情で言ったものだ。 「で、プレゼントは?」 「…どこで知ったんですか、クリスマスなんて」 「あら、街でいっぱいやってたじゃない、クリスマスクリスマスって!飾りがとっても綺麗だったわ」 洗い物の手を止めてバスルームから出てきたウルルは、やれやれと溜息をついた。街を通ってくるのではなかった。 それにしてもこの日本に来て驚いた。そこここに貼られているサンタクロースのイラストつきのポスターは、皆雪に覆われた銀世界なのだ。彼の国ではサンタクロースはサーフィンしているのが相場と決まっている。 しかも――もう世界中等しく季節も時間も廻っているものとばかり思っていた子どもの頃ではないが、それでもやはり――12月がこんなに寒いとは驚いた。彼の国にもクリスマスはやはり冬でなくてはと、7月頃にそれを行う人もいるのだが、ウルルにとってクリスマスといえば生まれた時から夏の行事だった。 1年で最も大きなイベントであるクリスマスには、幼い妹達や母と一緒に海辺へ行き、そこでクリスマス・ランチを楽しむ習慣だった。 「ケーキじゃ駄目ですか」 「勿論ケーキも食べるわよ、でもプレゼントも貰えるんでしょう?何をくれるの、ウルル?そうだ、サンタって何?」 「イヴの夜に…子どもが寝ている間にプレゼントをくれるお爺さんです」 少し悲しくなる。本当にサンタクロースがいれば。クリスマス・ランチを用意するだけでも精一杯で、妹達には何もプレゼントしてやれなかった。本当は、沢山沢山、遊びきれないほどのおもちゃや、食べきれないほどのお菓子をあげたいのに。 今年は家で一緒にいる事さえしてやれない。2,3日前にクリスマスに間に合うように手紙と為替を送っておいたが、届いているだろうか。本当は為替を送るのは躊躇った――主なる方の聖誕祭にはあまりにも相応しくない、罪を犯して手に入れた金であったから。 「まあっ、人間界には素敵な行事があるのね!私も貰えるかしら?」 どうでしょう、と肩をすくめ、何気なく言葉を続けた。 「悪い子はプレゼント貰えないんですよ」 自分がとんでもないミスをしでかしたのが、パティの表情で解った。 「何よっ!」 パティが立ち上がって、ヒステリックに怒鳴った。 「私が悪い子だっていうの?ええ、そうでしょうね、ウルルの言う事なんかちっとも聞かない悪い子ですものね!ウルルの妹とは大違いだものねっ!」 「パティ、何を――」 バカだ。大バカだ。子どもの心は限り無く繊細で、どんな事で傷がついてしまうか判らないと知っていたつもりだったのに。 「帰りなさいよ、ウルル!どこへでも行っちゃいなさい!私なんかといたくないんでしょ、家でママや妹達と一緒にいたいんでしょ、私の事なんか嫌いなんでしょ!」 「…どうして?」 ウルルは落ち着いて、穏やかに、ゆっくりとパティの両手を取った。 「貴女はこんなに良い子なのに」 パティがぴくりと肩を震わせた。真っ赤な頬が更に赤くなった。 「――良い子、って私…?」 「そうです」 力を込めて言った。「天使みたいに」 パティは言葉を詰まらせた。 「すいません、今のはただのサンタクロースの言い伝えなんです、パティの事ではありません。パティも母も妹達も、おんなじように大切です、だから私は今ここにいるんですよ」 真っ赤な顔で瞳を潤ませ、お姫様は下を向く。何か言葉を探しているようだ。 「…しょうがないわねっ」 やっと言葉が出てきた。 「パティちゃんはとーっても優しいの、だから許してあげるわ、ケーキを沢山買わせて上げる!行くわよ、ウルル!」 「はい」 急ぎ足でドアを開けるパティに、笑いながらついて行く。 「そういえば、プレゼントは良いんですか?」 「ケーキだけで勘弁してあげるわ!あとね、特別よ、ホントにと・く・べ・つ!私もウルルにプレゼントしてあげてもよくってよ!欲しいものを言いなさい」 照れ隠しなのか、パティは決してウルルの方を振り向かないでずんずん廊下を歩いて行く。 ウルルはその言葉に驚いた顔をしたが、すぐにとても嬉しそうな表情で笑った。 「私の国ではクリスマスプレゼントというのは、相手の一番希望してるものを贈るんです」 「だから訊いてるじゃない、何が欲しいの?」 ウルルは笑った。 「何もいりません」 「何ですって!?」 足を止めて振り向いた。 「ウルル!このパティ様が特別にプレゼントしてあげるって言ってるのに!どういうつもりよ!」 「後で言います。さあ、行きましょう」 「ちょっと!ウルル!あのね!…」 わあわあと怒り続けるパティの背を押して、歩き出した。 今日一番欲しいもの。このお姫様と一緒にいられるだけで良かった。 ウルパティとグラブ達以外は時期的にほぼパラレル。ウルパティは丁度日本に来たのが12月ぐらいだと思うんですが… 5つぐらいは書きたかったなあ…パピプリオとルーパーも書きたかったけどネタが出ませんでしたガクリ! 04.12.25 |