王になろうとした少年がいた




その姿はまるで何かに祈りを捧げているようで、彼は声をかける事が躊躇われた。
「リオウ」
「一切話しかけるな、気が散る」
祭壇の上、杖を額にあて目を閉じているリオウは、彼の姿を見ようともせずに厳しい声でそう言った。
「おっと儀式中だったか、すみませんねえ」
コツン、と彼は歩みを止める。
「今、何人いるんだっけ?」
二人だ、と一呼吸おいてリオウは答えた。話しかけるなと言った傍から遠慮なく話しかけてくる、彼のこの性格にはもう殆ど諦念さえ抱いているようだ。
「お前の言ってた通りコイツの力狙いで集まってきたバカ共も結構いるのによ、まだ足りねえのか」
「ああ、まだまだだ…もう一人か二人、呪いをかける必要があるかもしれん」
「ふーん。なあ今あっちの部屋誰かいるのか?」
「ザルチムに任せてある」
「ザルチム?ああ、あの"ヘラの孔雀"君か?」
「? 孔雀?」
「あー、神話にアルゴスっていうのがいてだな――いやいい、判った」
「ならさっさと失せろ、邪魔だ」
「はいはいリオウ様、仰せのままに」
彼は肩をすくめて踵を返した。
"ヘラの孔雀"君に話しかけてみようかとも思ったが、極力人前に出るなと言われているし、リオウが"コレ"をやっている間は暇でしょうがない。魔本を読んで暇を潰すのももう限界だ。彼は右手に持った薄い緑みの黄色の本を、トンと肩にあてた。 ここ暫く全く外へ出ていないし、退屈でたまらない。また思い切り術を出して遊びたいものだが、その機会は当分なさそうだった。
背後からリオウが呪文を唱える声が聞こえてきた。ちらりと顧みると、杖の先端の宝石がぼう、と鈍く輝き始めている。
――呪いねえ…さすが魔物だよな。
宝石の輝きが強さを増した。呪文を唱える声の強さもそれに比例する。
――しかし、と、リオウの顔を見ながら彼は思った。
結構キツそうだよな。やっぱりリオウ自身にもそれなりに負担がかかるのか?
ぎゅっと目を閉じ両手で杖を強く握り締めたリオウの姿はまるで苦しさに耐えているかのようにも見え、その顔からは汗が幾筋も流れ落ちている。 ほんの少しそんな事を考えたが、すぐに彼は髪をかきあげて笑った。
――ま、リオウなら大丈夫だろ。
そう思い歩き出した時――声が途切れた。
ドッ、と、何かが倒れるような音が続いて聞こえてきた。
彼の体はぴたりと止まり、今度は体ごと後ろを振り向いた。
「――リオウ?」
返事はない。祭壇の上に立っていた筈のリオウは、荒い呼吸を繰り返しながら倒れていた。
「リオウッ!」
すぐに体が反応し、階段を駆け上る。来るな、とリオウの声に制されたが、彼はしゃがみ込み、リオウの顔を覗き込んだ。
「おいリオウ…顔色悪いぜ、大丈夫か?」
「…少し…ふらついただけだ」
蒼白な顔でリオウは杖を握り直した。
「…その呪い、お前の体もやばいんじゃねえか?」
リオウの顔を見ながら言う。こんなに辛そうなリオウは見た事がない。どんな強敵との戦いにおいてさえ、常に圧勝をしてきた、無敵のリオウが。
「やかまし…い…っ」
振り絞るような声を出して、リオウは両手で杖を握り締め立ち上がろうとした。
「もう少し…なんだよ…」
その姿はまるで何かに縋りつく子どものようで、彼は声をかける事ができなかった。
「オレは、王になるんだ…」 「必ず」 「どんな事を、しても」 「王に」
どうしてだ――? 一瞬、彼は困惑した。リオウは強い。本当に強い。確かにこのファウードの力があれば楽に残りの邪魔者を消し去れるだろう、だけどお前は、一人でも王になれるだろう?なのにどうしてそんな、無理をするんだよ?どうしてそんなに――泣きそうなぐらい必死なんだよ?
「おい、リ…」
思わず声をかけようとした瞬間、彼の目の前でリオウの体がぐらりと倒れた。
「おォっとっ」
どっ、と彼はリオウの体を受け止めた。リオウの手から落ちた杖の音ががらんと響く。膝の上にあるリオウの頭をコン、と小突く。
「ほら見ろ、だから言ったじゃねえか、少し休めってお前」
彼は溜息を吐いた。リオウの口が僅かに動いている。彼は身を屈めてリオウの口元に耳を近づけた。
「ん?何だって?」
「ち……え…」

「ごめんなさい…」

――何、だって…?
彼は僅かに身じろぎした。何を言った、こいつは今?
「もう一度、やります…はい…父上、解って、います…」
リオウのものとは思えない、消え入りそうな、弱々しい声。
「私は」 「王になる為に、生まれてきた」 「はい」 「はい…」
リオウの鋭い金色の瞳は、何もない空を見つめていた。
――何でそんなに…泣きそうなんだ?
「なり」 「ます」 「必ず、王に」 「お願いです」 「だから父上」 「お願いです」 「私を」


「見捨てないで下さい……」


ああ
彼は思い出す。そうか、だからお前は――…
おお?面白いなこの新呪文、お前の名前が入ってるぜ。
開かれたページを指差しながら笑う彼に、ああ、とリオウは興味も無さそうに一瞥をくれた。
順番が逆だ…オレの名前が、そこからつけられたのだ。
え?と訊き返した彼を見て、少し、我が一族の話をしてやる、とリオウは呟いた。
オレの世代…今回の王を決める戦いでの王候補に選ばれるであろう世代に、我が一族では子どもはオレだけしか生まれなかった。それ故尚の事、必ず候補に選ばれるよう、必ず王になるようにと、一族の願いを込められて上級呪文の中から名前をつけられたのだ。
へえ、豪い期待のかけられようだな。
そこで彼は、ふと思った。
リオウ――お前はどうして王になりたいんだ?
今も言っただろうが。
さも当然というようにリオウは答えた。前回の王を決める戦い…我が一族の代表はあと一歩という所まで残っていた。それだけに脱落した時の皆の嘆きは大きかったらしいな。それからの間、ひたすら強い子孫を残そうと努めてきた、弱者は全て切り捨ててきた、来るべき次期魔王決定戦の為に。そしてその時がやってきた――王になる事は、千年に渡る我が一族の悲願なのだ。
あの時自分は何と答えたのだったか。もう憶えていない。しかし、あの時リオウの言葉を聞いて思った事だけは、くっきりと憶えている。
――こいつ、自分の為に戦ってるんじゃあないんだ。
気付いているのか、いないのか。リオウ、それは――
"お前の"望みじゃないだろう?
膝の上のリオウは、もう目を閉じていた。気を失ったのかもしれない。彼はそっと頭に手をやり、リオウの黄金色の髪を掬いとった。
そしてリオウを膝に抱いたまま、先程と同じように身を屈め、彼は囁いた。
「オレは見捨てないよ」
聞こえていなくても構わない。
「何の為にオレがいると思ってんだ…少しは頼ってみやがれ、バカヤロウ」
何の力も無いオレと、誰よりも強いお前。だけどオレは、お前のパートナーだろう?
「オレが受け止めてやるからよ――」
そのくらいは、出きるのだから。何も出来ない自分でも、一緒に重荷を背負う事はできなくても、ずっと独りきりで戦ってきたこの坊やに、寄り添う事ぐらいはできるのだから。
だからせめて、オレの前でぐらいは弱さを見せろ。
弱者は全て切り捨ててきた。王になる為に生まれ、育てられてきた。だからリオウはこんなにも強い――強くなければ、生きる事が許されないのだから。
「――ッたく、本当しょーがねえなあ、オレのリオウ様はよ」
彼は髪をかきあげ、体を起こした。
膝のリオウの頭を撫でてやる。こういう時だけだな、こいつが子どもらしく見えるのは。
「世話が焼けるガキだけどよ、オレが一緒にいてやるよ」
だからお前が王様になった時も、お前の隣にいさせてくれよ。
そうすれば、寂しくないだろう?
彼はリオウの髪を弄りながら、歌を口ずさんだ。彼の母が歌ってくれた歌だった。もう母の顔すら忘れ去ったこんな自分でさえ、独りではなかったのだ。 一族の願いを叶える為だけに生きてきたこの子どもが独りであっていい筈がない。
歌は続いている。
「王になる日が楽しみだ、な?」
その日はそう遠くない。
彼はこれから訪れる、彼とリオウだけの世界を思って笑った。




王になろうとした少年がいた
その少年は、目が覚めて自分が王になれなかったのだと気付いた時、

ひとりぼっちで泣いた







『最低の人間だって、誰かがそばに寄り添ってあげてもいいはずだ』というように。
リオウのこれからが本当に心配ですうおお…バニキスどうせ人間界に未練ないみたいだし根性で魔界行けよ!リオウと一緒にいればいいよ!

05.8.26



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