美の女神の様な顔で健やかに寝息を立ててぐっすりと眠っている彼女を前にして、とりあえず彼は腕を組んで考え込んだ。
昨日は仕事が深夜に終り、帰ってきた時には彼女はもう床に就いていた。彼女を起こすのも悪いと思い、簡単にシャワーを済ましてリビングのベッドソファで眠る事にし、そして目が覚ますともう8時を過ぎていたのだが――
いつもは必ず先に起き、2人分の朝食を用意して自分を起こしに来てくれる彼女がまだ起きていないらしい。だから今、彼女の様子を見にこうして寝室へやって来てみると、愛しの女神はまだ就寝中であった。
「メグミ――」
起こしかけて、ふと口を噤む。
今日仕事があるのならば早く起こした方が良いに決まっているが、それが無いのなら別に――まだ彼女の仕事予定を全て把握している訳ではないけれど大体なら――昨日はドラマの撮影があって、それで――今日は――
そうだ、今日は久しぶりのオフの日だと言っていた記憶がある。だから気が緩んでまだ寝ているのだろう。そこまで考えて彼は、ニッと笑った――何か悪戯を考えた時の顔。 ベッドに腰掛け、身を捻って半身だけ寝転ぶ。彼女の顔を覗き込む様にして、頬に手を当てた。緩やかなウェーブがかかった彼の美しい金の髪が、彼女の顔に僅かに触れた。
「ん…――」
それがくすぐったかったのか、彼女は少し声を漏らした。
「メグミ、メグミ、朝だよ?」
優しく頬を叩くと、瞼がゆっくりと開かれた。
ぼやけていた焦点が次第にはっきりとし、彼女の瞳は彼のサファイヤブルーの瞳を認めた。
「フォ――」
完全に開ききる前に彼女の唇を塞いだのは、彼の唇。
10秒ほどの間そのままで、それから彼は顔を離して微笑んだ。
「Buona mattina、メグミ」
言われた相手は耳まで真っ赤にし、もう完全に目が覚めたとばかりにベッドから勢いよく起き上がった。
「ッ、フォッ、フォルゴレさん、ビックリするじゃないっ」
「アハハハっ、君がいけないのさ、お寝坊さん!」
彼はベッドに寝転がってクスクスと笑った。抱きしめたシーツからは彼女の髪の匂いがする。
「で、でもあの…その、いきなりキッ、キスは驚くって何回も…」
「おいおい結婚してもう1週間だぜ、いい加減慣れてくれよ」
「ま・だ1週間じゃ慣れたくても慣れれません!」
「ジャパニーズは恥ずかしがりやだなあ、ヤマトナデシコって言うんだったかい?」
自分達にとってはほんの挨拶でしかない行為でも彼女は酷く恥ずかしがって、だから彼はからかう様にそれを楽しんでいるのだ。恥ずかしがっている顔も怒っている顔も可愛いから。
「あ、でも私のファンのコ達はもっと積極的だったぞ、僕の奥さんの君よりも」
「知・り・ま・せ・ん」
怒った様に言い、ベッドから降りる。まだ顔が赤いのは、彼の格好の所為もあるだろう、彼は今上半身に何も身に着けていないのだ。
国際結婚も大変だわ――彼女は溜息をつく。
「あ、そうだ、ごめんなさい、私今日まだご飯の用意――」
「いいよ、たまには2人で作ろう」
彼も身を起こし、2人で寝室を出た。
「だけど君のファンに申し訳ないな、プリンセスを独り占めだ。日本のバンビーノ達を敵に回しちゃったなあ、あ、君のファンには女の子もいるか」
「あら、それはお互い様じゃない?」
「アッハッハ、僕のファンにはバンビーナしかいないと思うよ」
「そ、そういう意味じゃなくて…」
日本が誇る超人気アイドル大海恵と、イタリアだけでなく世界レベルの大スターパルコ・フォルゴレの結婚は、世界中でトップニュースとなった。テレビ・新聞等各種のメディアは連日連夜報道を繰り返し、両名の事務所はその対応に大忙しである。そのニュースが世界を駆け巡った日は、合計すると一体どのくらいになるかも判らない数のファンが号泣或いは激しく怒ったが、それぞれの結婚相手の容姿、経歴、性格、芸能人としての実績を知ると、ああこれは自分なんか敵わない、この人が相手なら悔しいけど許せるわ、等々すぐに騒ぎは収まったとかなんとか――(尤もパルコ・フォルゴレは、「結婚したって私は世界中のラガッツァの恋人さ」と笑顔で公言している)
因みに、そろそろ名前で呼んで欲しいとは彼女に対する彼の要望で、なかなか昔の癖が抜けない――何となく気恥ずかしくなる、とは彼女の返答だ。


「やっぱりメグミの料理が1番美味しいよ、愛が入ってる」
普段より少々遅めの朝食を食べ終り、部屋の4分の1を占めるかと思われる程大きなソファベッドでゆったりと体を休めながら彼が言った。
君もおいでよ、と言われたので彼女も彼の隣に座っていた。彼の大きな手は、彼女のロングストレートの髪を優しく撫でている。
そういえば仕事は大丈夫なのかと彼女が訊くと、今日は夕方からの撮影との事だった。
「あ、そうだ、メグミ」
「なぁに?」
首を傾げて彼の方を見た。
「子どもは何人がいい?」
いつもと全く変わらない、優しく明るい笑顔のままで言うものだから一瞬何を言ったかと思った、が。
――何か声が出てこようとした瞬間、大きく息を吸い込んでしまい、喉が詰まりそして彼女はわざとらしいまでに激しく咳込んだ。むせ過ぎて涙さえ浮かべている。
「どうしたメグミ、大丈夫かい?」
「ッホ、ゲホ、フォルッフォルゴレさッ、…っ」
何度も胸をどんどんと叩き、深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いたらしい。まだ赤い顔のまま、彼に向き直った。
「だ、だっていきなり子どもだなんて言うから…!」
「? 僕何かおかしな事言ったかい?」
「おっ、おかしいっていうか、その、冗談っていうか…」
と、彼女の顔が彼の手でそっと挟まれた。
彼の顔を見ると――どくんと心臓が高鳴った。彼の顔は優しい笑みを残していたけれど、いつもの陽気さは消え替わりに 凛とした雰囲気があった。眼が逸らせないまま彼女の鼓動は早まり続ける。
本当に、綺麗な人だと思う。初めて出会ってからもう5年程は経つかというのに、彼は未だその美しさを少しも失ってはいない。寧ろ、中性的な容姿が年毎に精悍さを帯びてきている様は時には色気とも言うべきものを感じさせ、時々彼女をどうしようもなくドキドキさせた。
今、その彼が彼女だけを見つめている。
「ぷっ」
唐突に彼が吹き出した。
「ハハハハッ、全く君は可愛いなあ、すぐ赤くなる!」
おかしくてたまらないと言う風に笑い転げ、そして彼女を胸に抱いたままソファに倒れこんだ。彼女は状況が飲み込めず、「え?フォルゴレさん…」と、戸惑った声を出していたが、
「きゃっ、ちょちょっともうっ、やだフォルゴレさんったら!」
くすぐったかったのか、それとも笑い続ける彼につられたのか――恐らくその両方――、遂には彼女も笑い出した。
彼も笑いながら彼女の頭を撫でる。
「アハハ、私は本気だぜ、こんな事で君に冗談を言ってどうなるっていうんだい?それとも――メグミは子ども欲しくない?」
今日で何度目だろう、自分でも思いながら彼女は顔を赤くし、答えた。
「そっ、そんな訳ないじゃない!あの、ええと、あんまり突然だったからよ。まだ、こ…子どもの事とか考えた事なかったから」
「ヤマトナデシコはそんなもんなのかい?あのねメグミ、僕は男の子1人と女の子1人がいいと思うんだ」
彼女の頭を撫でる手を止め、彼は言った。
その声のうきうきとした調子に、将来の夢を語る子どもの様だ、と彼女はこっそり笑いを零す。
「こんな絶世の美男子と、アフロディテも嫉妬するぐらい美しい女性が両親なんだ、きっと子ども達はパパとママ大好きだよ」
あ、でも、と彼は少し顔をしかめた。
「男の子は…ちょっとやめておいた方がいいかなあ」
「え?どうして?」
そこで彼はぎゅっと彼女を抱きしめた。
「だって、その子もきっと――絶対、君の事大好きなんだ。親子でライバルってシチュエーションは遠慮したいね」
「あら、それだったら」、彼女はくすっと笑って彼の腕にそっと自分の両手を重ねた。
「私も自分の娘とあなたの獲りあいをするのは嫌よ?」
少しの間だけ沈黙があり、
――2人一緒に、また大きく笑いあった。



彼の笑顔、彼女の笑顔、飽きる程の幸福感に彩られている。
柔らかなソファの上で抱き合い、笑いあい、緩やかに時間は流れていく。
開け放した窓から入り込んできた暖かな風が、ふわりとカーテンを揺らした。

小さな、だけど世界で1番の幸福を感じる瞬間。






え、ええと…(脂汗)7500番カウンタゲット報告をして下さった銀桜さまのリク小説なの、です・が!
ごめんなさい何だろうこの話…(汗まみれ)
フォル恵新婚さんという血沸き肉踊る素敵すぎるリクを頂いて私もゲヘゲヘと内容を考えていたんですが…え・誰この2人?? それとキャンチョメとティオも出したいと思ってたんですが、どうにもこうにも付け入る隙もない程バカップルになりそうだったので、この話は一応パラレルっぽい設定に。2人の結婚は全世界のトップニュースに云々の文章考えて打ってる時は黙ってくれとかコイツ何言ってんだとか自分にツッコミまくりでしタ☆
あ、あとフォルゴレの一人称が僕だの私だの一定していないのは恵さんに甘え系だからです(ハ?)ていうか私の書く恵さん余所様と違って余裕なさ過ぎDA…。
ご期待に添えられたかどうか寒気がするぐらい不安なのですが、銀桜さんリクエストどうも有難うございました!!(平伏)

04.3.16


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