今まさに踏み下ろそうとしている足元に、小さな花が咲いている事に気付いたが、ダリアは躊躇う事無く踏み潰した。それから、踏みにじられたそれを振り返る事もなく、ただただ歩き続けた。
花は、昔から嫌いだった。
それに降り注ぐ太陽の光も嫌いだった。彼女の肌に太陽の光はきつ過ぎて、ギラギラと照り付ける太陽は殆ど凶器の様なものだった。アポロンなんて、エロスのイタズラがなくともダフネに嫌われていたに違いないわ。彼に恋焦がれて花となってしまったクリュティエの気持ちなんて解りっこない。
花も、太陽も、人と付き合うことも、ママが拵えてくれるフリルのドレスも、パパがプレゼントしてくれる豪華なお人形も、みんなみんな嫌いだった。何がいいのかしら?心底からそう思い続ける。彼女にとってそれらは嫌悪の対象でさえある。
彼女が好きなのは、夜の風で、月光で、シンプルなドレスで、壊れたお人形だった。独りでいる静かな空間だった。
そして、自分の名前もたまらなく嫌だった。
どうして花と同じ名前など付けたのだろう。どうせ付けるならば、もっと別な花の名前が良かった。例えばいつか本で見た、日本に咲く花。一般に知られる名前が二つほどあったが、ひとつは彼女には覚えにくい発音だった。けれどもう片方の名前は覚えている、ヒガンバナ。日本語のヒガンという言葉は、あの世を指すらしい。他にもあった別名、シビトバナ。シビトというのは死人の事だと、本に書かれていた。
良い名前、そう思った。
何より、血のように赤いその花の色と、何かを守るように内側へと緩やかに反られたその姿が美しいのだ。その鮮烈な赤は、くっきりと彼女の記憶に焼き付いている。
彼女は美しい顔立ちをしていたが、如何せん、持って生まれた彼女の性格と、皮膚の下の血管が薄く見えるほどに青白い肌、顔にかかる長い髪の毛が、彼女の姿を気味の悪いものとして人の目に映らせていた。焦げ茶がかった黒いソバージュの髪の下から覗く、彼女のほぼ赤に近い茶色の瞳を人々は避けた。
それで、彼女は良かった。
母が亡くなった2年後に、父も亡くなったあと、彼女は多額の給料を与えて使用人達を全て辞めさせた。広い屋敷で唯一人、ガラス窓から月の光が射しこむ広間で大きな揺り椅子に腰掛け、本を読みながら、彼女は毎日を過ごした。


だからこれは、彼女にとってセンセーショナルで、ドラマティックと言ってもいい出来事だったのだ。
”魔界”の王を決める為に、千年に一度人間界にやって来る100人の魔物の子ども達とそのパートナーによって行われる戦い。
その千年前の戦いの時の、魔物のパートナーの子孫が、自分。
他の人間達にとってもこの話があまりにも信じ難いのは彼女にとっても同様で、けれど実際に”魔物”を見せられれば、信じられないなどと言える筈も無かった。
ロードと名乗る者の目的にも、現在の王を決める戦いにも、彼女は興味はなく、その結末がどうなっても良かった。けれど。
彼は素敵。凄く素敵。
ようやくこの途方もなく雄大な古城の半分ほどまで上りきったところで、彼女は立ち止まり、薄く微笑んだ。城内にも階段はいくらでもあったが、彼女はあえて外のごつごつとした岩山に沿って取り付けられている階段を選んで進んだ。時と吹きすさぶ風に耐えられず、階段が無くなってしまっている場所は岩石の上を通った。強風に煽られ足場が安定していない通路は危険極まりなかったが、ダリアは肌に当たる風の冷たさと景色を楽しんだ。陽射しもそれほどきつくない。手に持った一冊の本を、何よりも大切そうにぎゅっと抱き直した。
早く行こう。彼はもう着いているだろう、侵入者達を迎える準備をしているだろう。
現在こちらに来ている残りの魔物の子達を、一掃する。それに協力して欲しい、彼女は逆らいはしなかった。どこに断る理由があるというのだろう。今まで生きてきた中で、1番素晴らしい出来事だ。
彼がとても退屈していたというのなら、彼がとてつもない憎しみを持っているというのなら、彼が何か成したい事があるというのなら、自分は彼の為に何でもしよう。彼の願いを叶える全てをあげよう。
この戦いが、いつまでも終わらなければ良いわ。
少しでも彼と長くいたい彼女は、長い髪を強い風になびかせながら、何を見るともなしに空を見上げた。
太陽も、今だけは厭わしくなかった。




肌に触れる冷たい風で目が覚めて、彼女は顔を歪めた。
両手を突いて跳ね起きる。顔にかかった前髪を乱暴に掻き揚げた。
限りなく青空が広がっていた。他に見えるものは崩れた城壁の一部達だけ。そこにいるのは、彼女だけだった。
一瞬、何も見えなくなった。
風の音だけが耳元を吹きぬけていった。
その冷たい風は、まるで彼女の体の中までをも通り抜けていったかのように鋭く感じられた。
ガッ、と、何も考えられずに両手で辺りの床を探りまわった。
自分が持っているべき、守るべき、彼の”本”が手に触れる事を思って。
ない。無い。無い無い無い無い無い。
彼の本が、無い。
”侵入者”と、戦っていた。そして何か攻撃を受けて、そこで意識が無くなった。
本が、無い。彼も、いなくなった。
固い床に、無意識に爪を立てていた。
ガリリと音がして、血が滲んだけれど、そんな痛みは彼女は感じていなかった。
お別れも言えなかった……。
ずっといたかった。それは永遠ではないとしても、いられる限り、ずっと彼といたかった。そう願ったのに。
だから、自分の名前は嫌いなのだ。
もう風の音も聞こえなくなったまま、彼女は血の滲んだ両手をだらりと垂らして力無くそこに座り込んだ。
彼女と同じ名前を持つ花の、数多くある花言葉のひとつ。
その花言葉は、
儚い恋。






教訓:ギャグキャラで真面目な話を書くと却ってギャグになる。
一応ダリア→ベルギムですアハハハハハ!数々の矛盾所と捏造設定はかるーく受け流して下サーイ!

03.11.8


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