だって、僕の周りにいる奴らは皆――子どもだろうと大人だろうと――僕が僕自身のことを誰よりも聡明だと思わせるのに充分過ぎるほどクソ間抜けな人間ばかりだったんだ――例え僕がそう思い上がりたくないとしても。
データに対して絶大なる信頼を寄せている人間は、そのデータにない全く予想外の事が起きた時パニックになってしまう事はよーく承知していた。 だけど結局その”予想外の事が起きた時”、僕は対処しきれなくなって――そこまで酷いパニックには陥らなかったが――結果、今現在の惨めな様を晒す羽目になった。くそっ、白衣もボロボロだ、最悪だ!本が燃えきったばかりの焦げ臭さが漂う地面の上に座る僕は、考えられないぐらい無様で哀れっぽく折り畳んだ両足を自分の手で抱き締めた。
負けた?負けた?この僕が?今まで何でも完璧にやってきた、できない事なんてなんにもなかったこの僕が?
「魔物の感じはするが、魔物ではありえないもの?…何だ…?――オイ、お前…グラブ、だったよな、何か知ってるか?」
「知るもんか」
僕は自分の年齢に相応しい子どもっぽい、不貞腐れた声で返事をしてやった。キヨマロ・タカミネ、何で僕に訊く?もう本も魔物も消えたけど、僕はお前達の敵で、たった今負けたばかりなんだ。そんな僕がお前らに何か教えるとでも?僕はコーラルQみたいに優しくない。
だけど実際の所、本当に僕も何も知らない。コーラルQだって何か判ってなかったのだから。数日前、いつもの様に魔物の位置をレーダーで探っていたコーラルQが突然ビクリと体を強張らせた。グラブ、おかしなものが現れた。何かと訊いてもコーラルQも答えられない、ただそれが凄く気になるもので、そしてとてつもなく禍々しい反応だと。魔物のあいつがそこまで言っていたのだから、本当に禍々しいものなんだろうが、…まあいいや、どうせ僕にはもう関係ない。
キヨマロは顔に指を当て考え込んでいる。
そしてこの僕がさしあたって考えなければならないのは、どうやって家に帰ろうかという事だろう。――尤も、それはキヨマロ達も考えなければいけない事だとは思うが。
「き、清麿、ここからどうやって帰るのだ?あっちの道路は途中で終わっているし、私達が来た方の道路は壊されていて帰れないのだ」
僕らから離れて道路の様子を見に行っていたガッシュが情けない声を出した。そりゃそうだ、逃げられない様にそうやったんだから。
「あっ、そういえば…ガッシュ!お前が罠にかかってこんな所へ来たりするから――!」
「違うのだあれは私が悪いのではないのだ!ブリが!ブリが!空を飛んでしかも天へと消えていったから!」
まだブリブリ言ってる。どうして魔物はあんな煮ても焼いても不味いものが好きなんだ?コーラルQに至っては寄生虫がいるかもしれない生魚を好んで食べた。ロボットの癖に。
「やかましい!もうブリは忘れろ!――あ、おい、お前、オレ達を倒した後はここからどうやって帰るつもりだったんだ?」
「…コーラルQに乗って跳び下りる、かな。変形したコーラルQならこのくらいの高さどうって事ない…なかった、から」
そうだ言葉には気をつけなくては、もう過去形で話さなくちゃいけない。
「ラウザルクをガッシュにかけるかい?コーラルQならへっちゃらだったけど、ガッシュなら肉体強化してもどうだかね」
「ヌ、ヌゥ清麿!ラウザルクなのだ!私は跳ぶのだ!」
「バカヤロウ無理だ!いやできるか判らんかどっちにしろ危険だ!」
「じゃあ向こう岸へ飛び移るのだ!」
「もっと無理だ!」
騒がしいなこいつら。キヨマロだって賢いだろうに、静かに考えれば良いのに。
そう思ってたら道路の端に立って下の方をじっと見下ろしていたキヨマロが「…ガッシュ」と言った。
「あそこ、下にある鉄材見えるな。あれにジケルドを放って磁石にする。そしたら今ここ、オレ達の後ろにある鉄材もあれに引き寄せられるだろう…ガッシュ、それに摑まって下に下りるんだ」
「…清麿。跳び下りるのと同じくらい危ない気がするのだが…」
「ああオレだってそう思うさ、だけど今はとりあえずそれしか方法がない!やるぞ!」
「ウ、ウヌゥ!」
結構ヤケクソ気味に見える2人は呪文を唱え始めた。ああ、僕らにもあれくらい突飛な発想が必要だったのかも?
それにしても、コーラルQ、こんな事なら、ああ!早く分解しておけば良かった!王になった時なんて何を悠長な事を言っていたんだ、僕は。ギブアンドテイクの精神なんて豚の餌だ、くそっ、くそっ、コーラルQはできるかどうか判らないって言ってたけど絶対できたぞ分解。ネジの様なものもボディについてた。絶対ネジだあれは。鼻も案外ボタンだったりしたんじゃないのか。そういえばどこが耳だったんだ?アンテナか?あのピコピコ動いてたアンテナが耳の代わりか? ロボットがロボットとして存在する為に必要な条件はセンサー、アクチュエーター、コントローラーで、あいつにとってアクチュエーターにあたるのは…いやコーラルQは魔物だからそんなもの関係ない?でもどう見てもロボットだったしな。
あいつが寝てる間にこっそり分解して元に戻しておけば良かったんだ。用具はいつでも持っている。いや、実際何度そうしようと思ったか知れない。隣でぐーすか鼾かいて寝てるロボットを前にしてそうせずにいられないサイエンティストがいるものか。だけどこの愚かな僕ときたら最初にあいつと交わした約束を、豚の餌の精神を忠実に守る良い子ちゃんだった、ハッ!
両腕に顔を埋めたら、また白衣の汚れが目に入って更に更に腹立たしくなった。
「おい、大丈夫か?」
はっと顔を上げるとキヨマロが覗き込んでいた。全く注意を払っていなかったが、先程のヤケクソオペレーションはどうやら成功したらしい、ガッシュがいなかった。
「その、悪かったな、オレもまさかバオウ・ザケルガがあそこまで強力になるとは思ってなくて…」
僕は滑稽にぽかんとした。
何で謝るんだ。白衣をボロボロにした謝罪ならばいくらでも――日本伝統のドゲザつきで――して頂きたいものであるが、こいつは僕を傷つけた事に対して謝っている?悪いと思っている?僕は敵だったのだ。戦って、傷つけられるのは承知の上、当然だ。 僕だって今まで負かしてきた数々の敵に対して、謝罪した事など1回もない。
「立てるか?怪我は?」
大丈夫だという印に頷いた、言葉は出さずに。僕は注意深くキヨマロを見ている所だった、人間観察は僕の趣味の一つでもある――くそっ、右のレンズに少しヒビが入ってる!
――眼鏡が壊れてる事に気付いた途端、どんどん腹が立ってきた、理不尽かもしれないが。
「あんた、最低だ」
姿勢を崩さずに、睨みつけてそう言うとキヨマロは「はっ?」とさっきの僕みたいに滑稽な顔をした。
「未来ある子どもの夢を奪うなんてそんな事してもいいと思ってるのか。僕はあんたの歳までは知らないけど、見た所15、6歳ぐらいだろ?」
「あ、ああ、15だが…」
「じゃあ少なくともこの僕よりは大人って訳だ!コーラルQは僕の夢でさ、いや夢に繋がるもので、僕は子どもで夢も未来もあって、あんたはコーラルQを魔界に帰して、見ろよ白衣もボロボロだ!」
最悪だ。文法も文脈も滅茶苦茶だ、ミジンコの作文だ。キヨマロもどうしていいか判らないって顔してるだろ、ヘイどうしたグラブ。
しかも言ってるうちに段々視界がぼやけてきて、そこまでヒビが入ってたっけと思ったら何と涙が滲んでいたのだった。
コーラルQと初めて会った時、嬉しさのあまり涙が出たり、そういう風に感激して泣いた事は何度かあったけれど、こういう涙が出るのは何年ぶりだろう? 9歳の時、勝手に入らないでと言ってたのにお母さんが僕の部屋に入って掃除をしてて、間違ってコンピュータの電源を抜いてしまって完成に2ヵ月かけたプログラミングデータが消えてしまった時以来?――いや――もっと前――まだ眼鏡もかけていなかったから、うんと小さい頃だ。 僕は暗闇の中、ベッドの上で胎児の様に丸くなり今みたいに自分の体を抱き締めていた、他に抱き締めてくれる人がいなかったから、自分で。あの頃の僕は既に――威張っても良いほど完全に子どもだったのに――お母さんに泣きついて抱き締めて貰うなんて情けない事だと思っていたのだ。 そして自分のこの頭脳がもたらす世界の全ての結果に怯え恐れ傷つく心をまだ持っていた。ボクはどうしてこんなにもみんなと違うの?どうしてみんなあんな簡単な事も知らないの、判らないの。ボクが判る事を判ると言っただけでみんなあんな眼で見るの。
はっきり言おう、僕は天才だ、そうだ天才だよ!けど天才っていうのはつまり生まれつきの才能って事で、僕は決して望んでこう生まれた訳じゃないんだ。なのに僕の周りの奴らは僕をおかしなものでも見るように…尊敬されさえこそすれ、畏怖される理由など僕にはない。 今はそんな莫迦共をまるで気にせずにいられるようになったが、あんまり小さかった僕はそういう事を知らずにいて、自分を守れずにいたのだ。
「――みんな。ばかばっかりだ…」
そんな回想をしていたら、あの夜呟いた言葉と同じ科白が思わず飛び出てきちゃってて、しかもその僕の声ときたらハハ、笑えるね、最高に哀れっぽかった!おまけにもう変声期を終えてるらしいキヨマロの声に対して僕はローティーンにもなってない子ども丸出しの高音が含まれた声で、全く嫌になる。
俯いたからキヨマロがどんな表情になったのかは判らない、でも強張った顔になったんじゃないか、そういう気配がしたから。
「…今、ガッシュが助けを呼びに行ってる。暫らくここで待つ事になるだろう」
大体の大人がそうするように、キヨマロは僕と目線をあわす為にしゃがみ込んできた。やめてくれ、僕という存在はそんなに小さなものではないんだ。
「お前、学校に行ってるか?」
顔を埋めたままの僕。…何だって?何を訊いた、キヨマロ・タカミネ?僕はゆっくりと顔を上げる。
「…行ってないよ、でもそれが何?」
「やっぱりか。――オレもそうだった。お前は頭が良いんだと思う。で、その…まあ、オレも世間から見れば頭が良い――天才だとか言われてきた」
まるでそれが恥ずかしい事、いけない事みたいな表情をキヨマロはした。
「何でこのオレがあんな奴らと一緒に勉強しなきゃいけないんだ、とか学校へ行って何を勉強しろっていうんだ、とか考えてて、それで学校へ行かなくなって、お袋を随分困らせた。毎日何やってもつまらなかったし、オレはどうして生きてるんだろうとかそんな事ばっかり考えてたんだ」
わお。僕と似てるけどキヨマロはそこまで考えたのか。僕は生きる楽しさを科学に見つけたけど、キヨマロにはそれもなかったんだ。
僕は”知る事”が好きだ。全ての人間は生まれつき知る事を欲するとアリストテレスも言っている。まだ知らない事をどんどん知りたい。だから僕は分解する、できるものは何でも。僕の家にあるもので僕が分解していないものなど存在しない――時計もラジカセもテレビもパソコンも。すっかり分解してしまってから、それがどういう仕組みで動いているのか確かめ、僕の及びもつかない力で動いているのではない事に安心し、実に合理的な仕組みになっている事に感心し、そうしてすっかり満足してからまた元通り組み立てる。 キヨマロはそういう事をしなかったのだろうか。
「――僕に学校へ行けって?別に無理して低レベルな学校へ行く必要はないだろ?僕は満足した豚より不満足な人間でありたい」
「…満足した愚者であるより不満足なソクラテス、か」
おやおや、引用がお得意でない日本人にしては。流石、って感じか?なら次は聖書の言葉でも引用してやろうか、世界中で1番売れてる永遠のベストセラー、いや今は聖書よりギネスブックの方が売れてるんだったっけ。
「オレもそう思ってたよ。けどオレは変わった。オレを変えてくれたのは、ガッシュだ。あいつには色んな事を教えられた。ガッシュはオレに友達を作ってくれたし、ガッシュもオレの大切な友達だ。お前は?あいつは…コーラルQは、お前に何か教えてくれたか?あいつはお前の友達だったか?」
ともだち?鸚鵡みたいに僕は言った。それって狭義的それとも広義的に?と訊きたいぐらいだった。僕はもう気の遠くなるぐらい随分前に、友達なんていう概念の意味するものが解らなくなっていた。でも僕らは相互補完的関係ではあったが相互依存的関係ではなかった。
以前、どっちが先に相手を言い負かす事が出来るか勝負(要は口喧嘩に近い)で、「お前などもう私の友達ではないピヨ!」と言ってきたコーラルQに「お前と友達だった覚えなんか生まれてきてから一度だってないね」と言って一発で沈めてやったし、それは確かに本当だったから、あいつは僕の友達ではないのだろう――コーラルQは僕のパートナーだ。
黙っているとキヨマロも少しの間何も言わなくて、それから、
「…本当はこんなのオレが言って良い事じゃないかもしれんが…でもお前が昔のオレと似たような眼をしてたから。お前がまだ生きるのに大切なものを見つけてないのなら、これから見つかる筈だ、絶対に」
神父の様に優しく穏やかにキヨマロは笑った。
――よく解らない。僕はまた――それが理不尽な怒りだという事も理解していて――何だかやたらと腹が立ってきた。確かに僕はキヨマロみたいに殆どの場合において生きてる事がつまらなかったが、その退屈な世界から今までに体験した事のない凄い世界へと連れ出してくれたのが、コーラルQなんだ、キヨマロとガッシュが本を燃やして魔界へ帰してしまったコーラルQ!
「…煩い。煩い、煩い!煩いんだよ、キヨマロ・タカミネ!お前の言う”生きるのに大切なもの”っていうのは、だったら僕にとってはコーラルQと一緒に戦ってた事でもあるぞ!あいつと一緒にデータ収集したり、強くなる為の訓練をするのは楽しかった、魔物との戦いもコンピュータゲームよりずっとスリリングで面白かったよ!何よりあいつ、コーラルQ、…ロボットだったんだぞ変形したんだぞミサイル撃てたんだぞ、分解したかったのに!僕の生きる楽しみを奪ったのはお前達だよ、キヨマロ!見ろ、大事な白衣もこんなにしやがって!キヨマロ、キヨマロ――何だ、ピヨマロの癖に!ピヨマロ!バ――――カッ!」
「なッ――!?」
僕は途中から思わず立ち上がってしまって、叫んでいた。
「ピヨマロ!ピヨマロ!バーカ!ピヨマロの癖に!」
「ピッ…ピヨ麿って呼ぶな!」
あーぁ、バーカなんていう幼稚で低能で低俗で下等でシンプルイズベストな罵詈は何億年ぶりに使ったんだろう。まだまだ僕もガキって事か?
言うだけ言った僕はまた両足を抱いて座り込み、その安心できる暗闇へ顔を埋めて後はもう一切何も知るもんかという態度を強行した。便利な子どもの特権、卑怯な僕はそれを利用する――僕は子どもじゃないと、何百回も言い続けてきた癖に。
「くっ…ええい!もう知らんぞ!とにかくガッシュが戻ってくるまでここにいるしかないからな!勝手に動いたりして落ちるなよ!」
誰が動くもんか。僕は北極星の様に動かない存在になる。
音からすると、キヨマロは工事中の道路の方へ歩いていって、その辺りで腰を下ろしたみたいだ。そっちこそ落ちるんじゃないのか。
これから僕はどうするべきか?大使館――どこにあるのだろう?――へ行ってどうにかして貰うか。宜しい、それではそこにいる大人の方々にビザもパスポートもお金も何も持っていない君がこの国にいる理由を何と説明しますね、グラブ君。はい、こう言うのはどうでしょう――気がついたらこの国にいたんです、言葉も判らなくて不安なんです助けて下さい――誰かに袋に入れられて連れてこられました、どうやってここへ来たのか全然判りません――バーカ、ですねグラブ君!どうしよう。何て言えば面倒が少ないだろう……
僕がぐるぐると色んな事を考えている間に、時間は過ぎていった。


僕の感覚が正しければ大体2時間後、飛行機のエンジン音の様なものと一緒に底抜けに明るい声が空から降ってきた。
「きーよーまーろぉーーっ!」
「ガッシュ!」というキヨマロの声にちょっとだけ遅れて、僕も顔を上げてみた――ああ首が痛い――。うわっ。飛行機に興味はないがあれはもしかしてセスナ172スカイホーク?とにかく小型飛行機の扉を開けて危なくもそこから身を乗り出して手を振っていたのはガッシュだった。
小型飛行機が着陸した時には流石に僕も立ち上がっていた。
どこまでも元気に駆けてきたガッシュの次に飛行機から降りてきた大人を僕は知っていた、つい最近から。
「待たせたの、大丈夫じゃったか清麿くん」
「いや、とんでもない。こんなに早く来てくれるとは思わなかった」
「清麿、清麿!私も物凄く頑張って走って電話をしてきたのだぞ!」
「あァあァ、有難うガッシュ」
「怪我の手当ては後で大丈夫として…ガッシュくんの言っていた子はどこかな?」
「ああ、それはこっちに――名前はグラブ。コーラルQって魔物のパートナーだ」
間違ってるぞキヨマロ、過去形で言えよ。
「おお、これはこれは、随分幼い子じゃな。初めまして、私は――」
「知ってる、あんたの事」
僕らはこの人の事を嘲笑った。
「本名は知らないけど、皆はあんたの事をナゾナゾ博士と呼んでいた」
「…ホウ――いかにも、私の名前はナゾナゾ博士、何でも知ってる不思議な博士さ、そんな私の事を君はどれだけ知ってるのかな、グラブくん?」
僕は頭の中のコンピュータを立ち上げフロッピーを入れる、キーを叩く、ディスプレイに次々フォルダごとに分けた情報が表示される。
「あんたは王候補の1人だった魔物ゾフィスの計画を阻止しようと、世界各地で仲間集めをしていた。集められた仲間はここにいるキヨマロ・タカミネとガッシュ、メグミ・オオウミとティオ、カフカ・サンビームとウマゴン、パルコ・フォルゴレとキャンチョメ、リィエンとウォンレイ…パートナーだった魔物はキッド、デボロ遺跡での戦いで送還、使えた術はゼガル、ゼルセン、ゼブルク、ゼガルガ、アムゼガル、コブルク、ガンズ・ゼガル、ラージア・ゼルセン、ギガノ・ゼガル、最後の術ミコルオ・マ・ゼガルガ」
ナゾナゾ博士は驚いた顔をする。しかし疲れたな、足がふらつく。
「何と…よくご存知だ」
「フン、凄いだろ、コーラルQと一緒に調べてたんだ、術の効力も全部知ってるよ、データは全て僕の頭に入っている、だけどもう――全部全部意味がない!」
あーあ、まだ何か言いたかったんだけど。肉体的にも精神的にもよっぽど疲れてたらしい、ふらふらしてからゆっくりと僕は倒れて気を失った。倒れる時に眼鏡が割れはしなかったか、それだけが心配だ。



「僕を何処に連れてく気」
小型飛行機のシートの上で気がついた。良かった、眼鏡は無事だ――相変わらず右のレンズにヒビが入ってるが。操縦席からは白い長い髪が覗いてる。シルクハットは流石に脱ぐようだ。 この機内にはどう見たって僕とじいさん以外他に人がいない様だったから、そのじいさんに訊いてみた。
「おお、気がついたかね」
「僕を何処に連れてくんだ」
「さあ、何処かのう。君の祖国は何処なんじゃ?」
「…イギリスだけど」
「ではそこへ行く。詳しい場所はイギリスが近くなったら教えておくれ、着くまで時間がかかるが辛抱するんじゃぞ」
「な…何で、何でだ?キヨマロとガッシュはどうした?何であんたは僕を連れて行ってくれるんだ?」
「ガッシュくん達はもう家へ送り届けたよ。ガッシュくんが私へ電話を寄越した時、清麿くんからこう言われたと言ったのさ――魔物のパートナーはまだ子どもで1人では国へ帰れそうもないから、送り届けてやって欲しいと」
嘘だろ――僕は呆然とした。僕は直前まで敵だった。僕が彼らに非協力的な態度を見せている時、キヨマロはその僕を助ける事を考えていたのか?とんだお人好しだよ、僕らだってガッシュを倒した後はキヨマロをあそこへそのまま置き去りにするつもりだったのに。そのキヨマロに言われて、見も知らぬ僕を国へ送る為にやってくるこの博士も相当なお人好しだ、僕の祖国が南極だったりしたらどうするつもりだったんだ。ご丁寧に、怪我の手当てまでしてくれてる!
それから窓から見える眼下の景色に気付き、ちょっと涙ぐんだ。ガッシュ達を倒した後は日本中にある科学館巡りをする予定だったのに、まだひとつも観に行ってないよそりゃないよ、やっぱりそっちを先にしとくんだったと泣けてくる。
僕は黙ってシートにもたれた。ナゾナゾ博士は僕をちらりと見た。
「それにしても君は本当にまだ子どもじゃな。子どもだけで世界を周るのは大変だったじゃろう」
「…そうだよ、移動はそんなに大変じゃなかったけど、ホテルに泊めてくれなかったしレストランへも入れやしない」
全く大人共は、お前らなんかよりも遥かに賢くしっかりとした子どもが大勢いるって事実を、果たして知っているんだろうか。良いよな、大人は、中身がミミズ以前でも公共施設を利用するに値する外見であるというだけで、街を歩いてても迷子かなとか訊かれたり、ホテルへ行ってもボク1人なの?なんて言われはしないんだから。 だけどその点でも、コーラルQがああいう玩具を装えるロボットタイプの魔物であった事は非常に喜ぶべき事だった。子どもと子どもが世界を旅するなんて更に目立つ事この上ないし、メイドインジャパンのコンピュータゲーム『ダークストーカーズ』――そういえばあれに外見だけで既にコーラルQより何十倍も強そうなロボット…と言うか人造人間がいたな、フランケンシュタイン博士と同じ名の、映画なんかに出てくるフランケンシュタインの怪物そっくりの、変形は出来なかったけど。僕お気に入りの変形ロボットキャラは使用できなかったし。そうだ、ジョン・タルバインってイギリス出身だっけ?――に出てくるモンスターの様な魔物だったら尚更困っただろう。
「ホッホッホ、ワシにも似た様な経験がある、大昔だがの。早く大人になりたいと思うかね?」
どうだかね、と僕は肩を竦めた。
「大人は莫迦が多い、ピーターパンになりたい訳じゃないけど莫迦になるくらいならずっと子どものままが良い。大人ってのは何かと便利そうだけど」
「うむうむ、君は利発な坊やじゃのう。ナゾナゾ博士の知っててお得情報、キャプテン・フックは鉤爪ロケットパンチができたんじゃよ」
「…本当に?」
「ウ・ソ」
「くっだらない」
死ぬほど楽しそうな声が返ってきたので南極の氷より冷たい声で言ってやった。
「僕を子どもだからってバカにするなよ」
「いいや誰も君が子どもだからといってバカになどしとらんさ、私は誰にでもこんな感じじゃ」
児童虐待も問題だが老人虐待も問題だろう――僕は眼鏡をかけなおす事で右手の衝動を抑えた。対千年前の魔物戦で仲間が集まらなかったのは74%ぐらいじいさんの性格の所為ではないのか。
「さて…君は帰ってからどうするね?」
「ゆっくりミルク入りの紅茶でも飲みたいね」
「おお、それは良いな――いや、そういう意味ではなく、これからの生活、将来の事さ。本の使い手として魔物の戦いに関わってしまったからには、リタイアになったからといってそうそうすぐに元通りの生活に戻れるものではない。もう敵に狙われる心配はないが魔物との戦いの影響はあらゆる所にあるじゃろう。私ももうパートナー…キッドのいない身じゃが、清麿くんや君も知っとる他の仲間達にまだまだ手を貸しておる、孫同然じゃったキッドの住む国の未来を光り輝くものにする為にの」
孫だって?キヨマロはガッシュを友達と言ったが、このじいさんは家族レベルか。いや、ある意味では全ての魔物と人間は互いに家族以上の何かで繋がれているのだろうけど。
「特に、君はまだ年齢的に非常に幼い。そんな君が無事に日常生活に戻れるかと、まあジジイのお節介じゃと思って聞いてくれ」
全然考えてなかったな――また退屈すぎる日々の始まりか、とは思ったが。今までだって欠伸をしても足りないぐらい退屈だった日常なのに、コーラルQや他の魔物を見た後では、あのスリリングな戦いの後では、”元通りの生活”なんてプランクトン以下に決まってる。
――だったら?仕方ないな、だったら、面倒臭いけど僕が自分でそれを変えてやるしかないんだろうな。
相変わらず友達はいらないけど、とりあえず学校――小学校では勿論ない――にはちゃんと行くか、帰ったらお母さん達と話をつけて。家出同然で出てきてもう何ヶ月も経ってしまってるし、いい加減帰った方がいいだろう。
「僕は将来の夢がある。その為に色々頑張るからさ、大丈夫だ」
「ホウ、君の夢とは何かね?」
「ロボット工学者」
まあ僕もちょっと考え直した訳だよ、マッドサイエンティストはロボット工学者になってからでもなれるけど、マッドサイエンティストになった後にロボット工学者になるのは難しいだろう、って。道を順番に通っていくだけだ、いつか絶対マッドサイエンティストにもなってやる。 僕はロビイを求めたグローリアでも、コッペリアに恋した――もしかしたらコッペリウス博士も彼女に恋していたのかも――フランツでも、アフロディテ像を愛したピグマリオンでもないのだが、詰まる所僕はどうしようもなく機械やロボットが好きなのだし。
キヨマロの言っていた、コーラルQが僕に教えてくれた何か?それは追い追い考えるとしよう。
「おお、それは凄いじゃないか!私も応援させて頂きたいものだよ」
「どうも有難う――その――こんな面識もない僕にとても善くしてくれて」
僕だって人としての礼儀と言うものを一応心得ている。
ナゾナゾ博士はお礼を言われるべき立場だって事に今更気付いたとでもいう様な声音で、
「何々、とんでもない。人生は分け合う事、他人にして欲しい事を自分もせよ、じゃろ?」
聖書の黄金律――博士には見えなかっただろうけど、僕はこくんと頷いた。
それから窓の外を次々に流れていく雲を見る。かなり速いけど、コーラルQのスピードには遠く及ばない。僕はこれからの事を考える。
僕は将来ロボットを造る。きっと、輪郭の90%が直線で構成されていて、気の抜ける顔をして、ロボットとはかくあるべしという概念を総結集した様な、前世紀の遺物の様なチープでシンプルなデザインのロボットを造る事になるのだろう。
コーラルQは僕の友達ではなかったが、結局の所、僕はあいつのことが好きだったんだから。






スンマセン鬼の様にてんこ盛りもりの矛盾点は全力でシカトしてやって下さい。 いやもうホント…スンマセン自分でも事細かにツッコミしていきたいんですがもう多すぎて気力が…はわわわ。
どうしても言って置きたい所だけ手短に。
・清麿ってまるかじり2では14でしたけど、誕生日的にもう15になって…まス…よ…ね??(汗だく)
・グラブの国籍イギリスは名前からの暫定でありもし万が一ひょっとして奇跡的に公式に国籍が判ったらさりげなく書き換えておきます。
・『ダークストーカーズ』というのは某格ゲー様の海外版タイトルですスイマセンクソ調子こきました。海外版ACでもフォボスちゃんが使用不可だったかどうかは判んねッス!
・これもまた調子に乗って書いてたんでグラブが結構熱いボーイっぽくなっちゃいましたが実際底冷えクールボーイですよね…グラブにもちっとは子どもっぽい所があってもいいよネとか思ったんですけど、実に冷め切った目で冷静に眼鏡を上げ「フ…もう時間の問題だな…」とかいう坊ちゃんにそんな所あるのかどうか。
アカンもうホンマ矛盾所ありすぎて…うおおお恥!ていうか清麿のうそ臭さには自分でもビックリです!

04.11.30


BACK