「あの人の視線に、ドキドキきゅんきゅん、私のハートがときめいてるわ〜♪」
出逢って1ヶ月は経った頃。
「彼と私の瞳がぶつかる、2人の愛は止められないのよ〜♪わ、た、しの、美貌に彼もクラクラ〜♪愛の女神も、う〜ら〜やむ♪ふ〜た〜り〜♪」
自分の要望が叶えられない時以外は常にご機嫌なパティは、よく歌を歌った。その歌というのも、大抵自分の可愛らしさについてとか愛しのあの人についての歌で、ウルルは右耳から入れて左耳から流していた。 それは”ガッシュちゃんとのなれそめ話”を20回は聞かされ、既にその内容も丸暗記して空で言える様になってきた頃でもあった。
「そんなラバーズ♪天使にヴィーナス、女神に妖精、神様〜だって〜祝福してるわ〜♪」
その時もウルルはパラパラと殆ど読めないページばかりの自分の魔本を読んで暇を潰していた。 すっかり自分の世界に浸っているパティはお構いなしに歌い続ける。
「I love ガッシュ、好き好きガッシュ、好き好き〜大好き〜ガッシュちゃ〜ん〜♪I am marry with ガーッシュちゃ〜〜ん〜〜♪」
一応恒例の拍手はやる気なくパチパチとしてから、パタンと本を閉じる。
「パティ、歌い終わったらそろそろ寝ませんか」
「駄目よ、まだ3番もあるのよ!?」
「…まあ、それは明日という事で」
「えぇ〜、気分が乗ってるのに!」
「夜更かしは美容に悪いとパティも言ってたじゃないですか」
「う。――判ったわよ、もう寝るわ!」
膨れ面でベッドに潜り込むパティに、こっそり笑ってしまう。パティのベッドのシーツを整え、布団をかけ直してやり自分も隣のベッドに腰を下ろす。
「パティは、本当にガッシュが好きなんですね」
「コラ!ガッシュちゃんよ!」
「ガッシュちゃんが好きなんですね」
「そうよ大好き!そしてガッシュちゃんも私の事が好きでたまらないの!ああ、今この瞬間にもガッシュちゃんは私の事を想って、早く逢いたいって思ってるんだわ!ウルル、明日はもっともっと捜すわよ!」
「パティ、…ガッシュちゃんに再会できたら……それからどうするんです?」
「どうって?」
ベッドサイドの灯りだけの中で、きょとんとした大きな瞳がこちらを向く。
「だから…ほら、前言ってたでしょう、本を燃やされても構わないって。本当に?」
「ああ、その事。そうよ、もし何かの成り行きで間違って闘う事になっちゃっても、あの人と傷つけ合う前に私は喜んで本を差し出すわ!まあ、闘うなんて事にはならないでしょうけど。あ、でもそうよ、そういう運命なんだわ私達、ああっ、何て可哀想な悲劇の美少女なのかしら、私って!…」
再び自分の世界をどんどんと作り出したパティにやれやれというポーズをとり、灯りを消してベッドに入った。
ガッシュとの再会。
彼女の世界はそこで終りなのだ。そこから先はぷっつりと途切れ、見えない道だけが続いている。きっと本当に本を燃やされても構わないのだろう。そうしてそこで彼との別れが訪れる。 パティの世界はガッシュの事だけで築き上げられていて、彼はその世界に迷い込んできただけの存在に過ぎない。
ガッシュと出逢ったら、本当にパティは魔界へ帰るつもりなのだろうか?そう考えると寂しくなった。けれど――この子の想いは真実だ。
パティの声がしなくなった事に気付き、体を起こしてパティの寝顔を確認して再び横になった。ガッシュと出逢うその時まで、必ずこの子の助けをしてやろうと、ウルルは暗闇の中で目を閉じた。




負ければ良い。
パティが、負ければ良いと思っている。
ウルルは微かに風が通り抜けていっている、洞窟の様な廊下を歩いていた。どうせ何もする事がないので、自分達が普段待機する様に言われている部屋に行っているのだ。
――パティ、勝たないでくれ、ガッシュの本を燃やしちゃいけない。
やはり自分もついていくべきだったかと思った。パートナーと一緒の魔物は3組、現在の魔物よりも数倍強いという魔物相手に”彼ら”が勝てる可能性はあまりにも薄すぎていたが、彼らもかなり闘い慣れをしている様だ、或いは…。ウルルは懐に手を入れてディープオレンジの本をそっと抱き締めた。パティの本はここにあるのだからもしもパティが負けても送還される事はないし、それに彼らがパティの事を酷く痛めつけるという事も考えられなかった。 だから、パティには負けて欲しい。
パティは、あんなにガッシュという少年の事が大好きだったのだ。その想いは限り無くひたむきで、だからこそ自分も協力したいと思ったのに。 そんな子の本を燃やしてしまえば、後でその過ちに気付いた時にパティはどれ程苦しむだろう。その子の為にもパティの為にも、それだけはさせてはいけない。
指示されていた部屋は、ただでさえ広い広い部屋が多いこの城砦にあって尚広く、この朽ちかけた岩の部屋はウルルには寂しく思われた。
何組かの魔物とパートナーが、柱の影や城壁に寄りかかって静かに自分が動くべき時を待っていた。 円柱の前にいる髑髏の如き顔を持つ、巨大な椅子に座った魔物は眠っているのか目を閉じていた。そしてそのパートナーであるソバージュの長い髪の女性も膝をついて、魔物の膝の部分に自らの両手を重ね合わせ、更にその上に顔を載せて静かに目を閉じている。 窓辺に腰掛けている星を思わせる魔物の少年は、パートナーの手を取り、何かを語りかけている様だった。天井から崩れ落ちてきたと思われる瓦礫の山に、小太りの老人がたった一人で座っている事にふと気付いた時、
――刃物の様な視線を感じた。
ゆっくりと、そちらに顔を向けた。入り口付近にいるウルルよりも少し遠い位置で、壁に凭れ掛かり胡坐をかいて座っている黒髪の男が、こちらを見ていた。
明らかに東洋人と判る顔立ちで、両腕を通している余裕のある袖口の煌びやかな刺繍が施された服を見れば、その男が中国の人間であろう事が推測された。 髪と同じ様に黒い瞳は――獣の瞳だった。子どもの頃、ウルルは何度か野犬に襲われかけ、大怪我をした事もある。あの犬達の様な餓えた輝きを持つその瞳を見て彼は眉をしかめた。その男を睨み返したと言っても良い。 鋭い視線と男が浮かべている不敵な笑みは、それ程ウルルの嫌いな種類のものだったのだ。あの男は、心を操られていない。自らこの戦いに臨んでいるのである。
ウルルは知らなかったが、彼が獣を思い出した男の眼は、強さを求める人種しか持ち得ないものだった。強さならばウルルも求めている、けれど彼の様な人間が求める強さではない、唯己が為だけの強さを求め続ける人間がいる。 ウルルはまだ、そんな人間に会った事がなかっただけだ。ウルルは格闘家という人間がどんなものであるのか知りはしない。彼らがどれ程それぞれの”強さ”というものを追い求めているのかも。
いずれにせよ、挑戦する様な男の視線を受けて、ウルルのした事は一瞥をくれて男から眼を逸らすだけだった。そのままコツコツと、先程気になった老人のいる場所へと落ち着き払った足取りで歩いて行く。
そして男は、そんなウルルの様子を見て酷く不機嫌な顔になり、舌打ちをした。 「腰抜けが」
それから男は今まであれ程放っていた闘気を拍子抜けするぐらい簡単に収め、目を閉じそれきり何も喋ろうとはしなかった。男の隣で壁に凭れ掛かっていた棍を持った魔物も、一度ちらりと片目を開けて男に視線を走らせたが、男の様子を見て同じ様に再び目を閉じた。
「何か用かね、お若いの」
驚いてウルルは足を止めた。瓦礫の上にいた老人が自分から声をかけてきたのだ。つまり、この老人も心を操られてはいない――そしてこの部屋にいるからにはそれなりに重要な力を持った魔物のパートナーである筈だが、その魔物は一体どこに…そこで急にピンときた。
「ビョンコのパートナーですか」
老人は頷いた、「そういうあんたはあの可愛らしいお嬢ちゃんの連れだな」
ウルルは自分も瓦礫の上に上がり、断りを入れてから老人の隣に腰を下ろした。
ビョンコのパートナー。そういえばここに来てからずっと姿を見た事がなかった。この老人も操られていない、しかし――立派な髭を蓄えた老人の穏やかな瞳を見て、ウルルは疑問を抱いたが、とりあえず今は基本的な事から話をしてみようと思いなおした。何と言っても、もしかしたらこの遺跡で唯一の、ウルルが望む話が出来る人間かもしれないのだ。
「ワシの名はアルヴィン、お前さんは?」 老人が手を差し出した。
その手を握り、「ウルルです、宜しく、ミスター」
「ウルルか、ところでお前さんはその、英語しかできんかね?フランス語は?」
「片言なら何カ国か解る言語もありますが、基本的には英語しか」
「そうか、いやすまない、ワシは英語はあまりよくできんのじゃ、何とか言いたい事を理解してくれると助かるが」
たどたどしい英語でそう言って、アルヴィンは笑った。
この人なら、何を話しても良さそうだと、その笑顔を見て思った。
「…少し、私の話を聞いて貰えますか」
そんな言葉が自然に口から滑り出た。ここ暫らく、彼はあまりにも自分の中だけに溜め込む感情が多すぎた。慣れている事とはいえ、もう限界に近いと無意識に感じていたのかもしれなかった。 心を操られていたり、欲望に囚われた人間ばかりの中で唯一人出逢った澄んだ瞳の老人を見て、胸に深く沈んでいたものが流れ出ていくのを感じていた。
アルヴィンはウルルの顔を見詰め、静かに頷いた。
「私はオージーなんです」
「あァ成る程、通りで訛りが…いや、ワシも人の事は言えんがね」 アルヴィンは歯を見せて笑った。
「私の国は豊かだが、貧しい人間は本当に貧しい。私の家もその一つでした。父は死に、体の弱い母と幼い妹達の為に仕事を探す毎日で…天の父は奪うだけで、私達に何も与えちゃくれないんだ」
拳を握り締めたウルルを見て、アルヴィンも「…ワシの国も似た様なもんだ」と呟いた。 「一握りの金持ちと、それ以外は貧乏人じゃ。ワシは若い頃死に物狂いで働いたから暮らしていけておるが、島中に溢れかえっておる貧しい者…特に子ども達の事を思うとやりきれんわい」
偽りでないアルヴィンの言葉を聞き、返事の代わりに弱々しい笑みを見せて、ウルルは続けた。
「そんな時でしたよ、あの子…パティと出逢ったのは」 膝の上で両手を組合す。 「とってもわがままでね、自分の事以外には何も興味がなくて、あれが欲しいこれが欲しいってやりたい放題なんです。盗みだって何回もやりましたよ、パティの力を使ってね!あいつはその事について何も悪いと思っていない、少しも罪の意識を抱いていない、私が言っても解りゃしない、今回だって他の魔物の子達を傷つけるなんて計画に進んで手を貸してしまった、だけど!」 ウルルは手で顔を覆った、「…あの子は……良い子なんです」
もう片方の手を、顔に当てる。 「パティは…本の力を使えば、仕事を探さなくてもいいと…私に言いました。その通り、金だとか食い物だとか、簡単に手に入れられましたよ。何度も止め様と思った、言い訳にすぎないが、私だってあの子のやっている事をやめさせたかった、それでも、…結局私も、金が欲しかった…。それにね、今回の事だって、協力したくはなかったんです。ハ!だったら私も偉大なるロードに心を操って貰えって話ですよ、なのにその道さえ選ばなかった――オレは卑怯者だ!」
何かに追い立てられるかの様に一気に喋った。
一時牢に閉じ込められ、そしてゾフィスの計画に手を貸そうとしなかった人間達――魔物の戦いという話を信じられず拒んだ者、争いを厭う心優しい者、まだ年若い少年少女――が、ゾフィスの手により操り人形に化す様を見た。泣き叫ぶ声を背後に、その場を後にした。見ていられなかった。
喋り終えて俯いたウルルを見詰め、大きな窓に眼をやり、アルヴィンは口を開いた。 「ここは、マソアンドロの光が射さんで薄暗いのォ…」
「何です?マソア…?」
「あァ、その、あれじゃよあれ、そう太陽じゃ、太陽」
「ああ。そうですね、気にもしてなかったが、確かに暗い」
この城にいる者達の心の様だと、ウルルは思った。
「のう、お前さんが卑怯者ならワシだってそうじゃよ」
ウルルは訊き返した、「え?」
「ワシのカエルは強いんじゃが、どうもちょいと抜けてる所があってのう、そこをゾフィスに利用されおったわ。魔物を倒せばロードに褒めて貰えるなんぞと騒ぎおって…」
――ああ、やっぱり、止め様もなく彼らは子どもなんだ。
褒めて貰いたい。それは子どもが大人の為に何か行動を起こす1番の動機じゃないか?
「ワシとてあんな奴の手伝いなぞゴメンじゃわい、だが今操られもせずにここにおる、それは――全部、あの子の為なんじゃろ?」
その言葉はウルルの体をぴくりと震わせ、彼の表情を変えた。…どうして、解るのだろう?
「関わりたくなければ本を燃やすなり何なり出来た筈じゃ、だがそれじゃあ、本当にパティ嬢ちゃんの為にはならんわなあ。お嬢ちゃんが自分の過ちに気付くまで、傍で見守っていたかったんじゃないのかね?本当に道を踏み外しそうな時にも、それを止められる様にと」
自分の罪の重さに気付いた時、真っ暗闇にいるのだと解った時、無邪気で幼いあの子がその重さに押し潰されない様に、暗闇の中から連れ出す事の出来る微かな光になれる様に、ずっと傍にいようと思った。それがあの子のパートナーに選ばれた自分の役目だから。 ガラスよりも傷つき易い小さな子どもにとって、独りぼっちであるというのは何よりも耐えられない事だと知っていたから。だからウルルはパティが寝付くまで決して寝る事はなかった。夜中に目を覚ませばすぐに自分も起きた。彼が、自分の妹達にしてきたのと同じ様に。
何故解るのかというウルルの思いを読み取ったのか、アルヴィンが口の端を上げた。
「言ったじゃろう?ワシもお前さんと同じ、卑怯者じゃと」
ウルルも笑った。本当に嬉しかった。 「貴方の様な人がいて良かった」
独りでないと知っただけで、光の輝きは何倍にも増す。そうして最後には、道の見えなかった暗闇を照らし出すのだ。
ウルルは所在なさげに組んだ両手の指をもぞもぞと動かした。
「ああ、ええと、それで貴方は貴方の相棒がこんな戦いをしなければならないのをどう思っていますか、ミスター?つまり、王を決める為に子ども同士で戦わなければならないという意味ですが」
パティから初めて事情を聞いた時からずっと思っていた、魔界の王とやらは一体何を考えているのかと。 「私は長い事妹達の面倒を見てきた所為か、子どもは好きなんです、それを…私の妹よりも幼い子だっているんですよ」 小さな時から人を傷つける事を知った子ども達は、どう成長するというのだ。ウルルは怒りを込めて吐き捨てた。
「クレイジーだ」
アルヴィンは考え込む様にして、ゆっくりと何度も頷いた。
「のう、坊や、人であるワシに人でない者の世界の事は解らんが、この戦いは子ども達を育てる為のものではないかと思っておるよ」
「育てる…?」
「人間と魔物、様々な試練を2人で乗り越えて、学び成長を遂げた者こそが魔界の王たるに相応しいのではないかと。ビョンコもな、初めは弱虫蛙じゃったよ、だからワシはあいつをカッコイイカエルにしてやろうと戦う事にした。元が頑張り屋じゃからどんどん強くなっていった、勿論1人で強くなれる訳はない、ワシと共に戦って初めてあいつは強くなれる。この戦いは、つまりそういう事じゃないのかね?」 そこでふっと笑った、「ワシもあいつに教えられる事は多かったりするんだがの」
あの子に教えられた事。
頭にその言葉が響いた。そうだ、オレも――
「もう少し見守ってやろうじゃないか、可愛い子ども達を」
アルヴィンと話した事全てがまるで聖なる言葉の様に反響しあい、何故だか涙が出そうになってしまって、ウルルは頷く事しかできなかった。





「シットシットシーーーーーーットっ!ああもうムカつくわ、ガッデム!」
「パティ、とりあえず月の石の所へ。怪我してるじゃないですか」
「勝ててたのよ、ホントは!もうちょっとでガッシュちゃんの本を燃やせてたんだから!」
「…燃やせなかったんですか?」
「そうよ、エルジョ達の攻撃が決まるって所で仲間が来たの!何よ何よあの女、魔界でガッシュちゃんの事苛めてた癖に仲良さそうにして!次に会ったら絶対…、―――ッ!」
「ぃたッ、っ何で殴るんですか、パティ」
「だってウルル、何か嬉しそうな顔してるんだもの!」
「――そうですか?」
「そうよ!何よ、私が負けたのが嬉しいの!?」
「…良かったんですよ、本を燃やせなくて。いつかパティにも解る筈です」
「? …変なウルル。ねえ、お腹が減ったわ、久しぶりにウルルのご飯が食べたいわ」
「材料もあるみたいなので、後で何か作りましょう、それより今は怪我の手当てだ」
「疲れた歩けない。抱っこしてって」
「…はい、はい」




「ビョンコ、何してるの!? さっさとしなさい、葉っぱ引き千切るわよ!」
力一杯引っ張っても、自ら足を動かそうとしないビョンコにパティは拳を振り上げた。ビョンコはガクガクと足を震わせて泣きべそをかいている。
「嫌だゲロ嫌だゲロ、でっでも、こ、怖いゲロ〜」
「何よ、弱虫!」
「よ、弱虫じゃないゲロ、オイラは強いゲロよ!」
「じゃあ泣いてないで早く行くわよ!こうしてる間にもガッシュちゃん達は…」
月の石の間に通じる階段に上がったウルルは、パティとビョンコのやりとりを、何も言わずじっと見ていた。怯えるビョンコをパティが必死に宥め様としている。
「アルヴィン」
豊かな体型が邪魔してこの場に上がるのに少々苦労していたアルヴィンに気付き、ウルルは手を差し出した。ほォ、ふまんの、とその手を取りアルヴィンはやっと上がってきた。
「バカビョンコ!ガッシュちゃん達の仲間になりたいって言い出したのそっちじゃない!」
「パ、パティこそオイラの事叩いてきたじゃないゲロか!オ…オイラも、助け、助けたいゲロよ、だけど…」 そこまで言ってビョンコはぺたりと座り込んでしまった、「怖いんだゲロよォ…!」
自分で決めるのだ。自分達で、決めてこそ。
「わ、私だってね、ここっ怖いわよ!あいつ、本当化け物よ怪獣よ、でも!さっきのレイラ達見たでしょ!? 私達…」
そこで言葉が途切れた。泣きそうな顔で、必死に続ける。 「私達…あんな酷い事してきてたのよ…」
「ゲ、ゲロ…」
パティはきっと顔を上げた。 「――行くわよ、ビョンコ!ここで行かなきゃ私達、ずっとずっと酷い奴ら!自分のしてきた事償うの!」
そうだ、パティ、一緒に行こう。ウルルは立ち上がった。本をしっかりと抱いて、その場に立つ。
「…このままだったらオイラ達、もう友達できないゲロな…」
「そうよ」
「魔界に帰って、地位とか財産貰っても…ひとりぼっちは凄く悲しいゲロな」
「そうよ!」
「デモルトやっつけたら、あいつらの友達になれると思うゲロか?」
「ええ」 パティは強く強く頷いて、階段に足をかけた。 「ウルル、アルヴィン、ビョンコ、行きましょう!」
そのままどんどんとパティは上り始めた。その姿に迷いは無い。
ぶるぶると震え、尚も戸惑っていたビョンコは、そろそろと足を踏み出し、――パティの後を追い始めた。
ウルルとアルヴィンは顔を見合わせて、ニッと笑いあった。




最後の魔法はココロのチカラ全てを込めた





火傷をした手で、パティのリボンをぎゅっと握る。
ボロボロだ。泥や血もついている。洗って出来るだけ綺麗にしよう、あの子は綺麗好きだったから、このままだと怒られるに決まっている。
荒涼とした岩石に、先程までここで行われていた戦いの凄まじさを物語る跡が沢山あった。 きょろきょろと見回してみたが、アルヴィンは先に遺跡へ戻った様だ。他の者達も戻り始めていた。
さあ、パートナーとしての最後の役目だ。
ウルルは傷だらけの体でちょこまかと歩き回っている綺麗な金髪の少年に近付いていった。パートナーの少年もすぐ傍にいた。
「ガッシュと…キ、ヨ…キヨマロ、だったか?」
東洋人の名前はどうも覚えにくい。魔物の方はともかく人間の方に言葉が通じるだろうかと不安だったが、一連の戦いを見ても判る通りどうやら彼は優れた頭を持つらしい、ウルルの言葉に気付いて頷いた。
「ヌ?何なのだ?」
強い光を宿すゴールデンオレンジの大きな瞳に、ウルルは表情を和らげてその子の前にしゃがみ込んだ。 「オレはウルル。この前は学校で大暴れしたりして本当にすまなかった」
「あ、いやまああれは…こっちも説明不足だったというか…な、なあガッシュ」
「ウ、ウヌ、忘れていた私も悪かったのだ」
あの時のパティの暴走ぶりを思い出したのか、清麿とガッシュは顔を見合わせて引きつった笑顔を見せた。ウルルも笑ってしまう。
「ガッシュ、君はオレなんか全然知らなかっただろうが、オレは君に会う前から千回は君の名前を聞かされてたんだぜ」
「ヌゥ、そうなのか?」
「ああ、パティはずぅっと君の事ばっかり話してた」
飽きもせず、本当に毎日毎日ガッシュの話ばかりだった。もう現在形で話す事は出来なくなってしまっても、それはずっとウルルの中にあり続ける。
「あの子はケーキとかアイスとかパフェとか甘いものが好きだった、何でかスルメイカなんてものも好きだったな、歌う事も好きだった、宝石とか綺麗な物が好きだった、遊園地のコーヒーカップとメリーゴーラウンドが好きだった、シンデレラとスリーピングビューティの話が好きだった、ああそれとカンガルーも好きだって言ってたな、でもそういうもののどれよりも」 ウルルは言った、「パティは君の事が好きだったんだ」
ガッシュはその大きな瞳でウルルを見詰め返していた。呼吸さえ忘れてしまったかの様だったが、きらきらと瞳を輝かせて口を開けた。
「ウルル殿は、パティが大好きなのだな」
子どもはいつでも、大人本人でさえ気付いていない心の中に隠れているものを探し出してくる。
「私も、パティの事は好きなのだ!前はただ、自分が間違っている事が解らなかっただけで、今はちゃんとそれに気付く事ができたのであろ?こ、ここの前は物凄く恐かったが、い、今は多分もう平気なのだ、本当はとても良い者であったし。それにパティは人間界に来られて、それからウルル殿がパートナーで本当に良かったと思う!」
急にガッシュは不安げな表情になった。 「ウルル殿、どうしたのだ、…泣いておるのか…?」
そうやって探し出されたものは堪えきれない衝動となって胸の奥からこみ上げてきて、涙となって外に飛び出した。
左手でガッシュの肩に手を置いた。傷の所為だけでなく頬が熱い、言葉を出そうと思っても息しか漏れない。
「――有難う、パティを、パティを…助けてくれて、有難う…!」
子どもでなくなってから初めて神の名を呼んだ。
あの瞬間、自分は本当にパティの事だけしか思わなかった。母と妹達さえ忘れて、自分がパティの代わりに貫かれたいと、それだけだった。
次の瞬間、神はいたのだと、そう思った。
待っていた、ずっと待っていた。自分はパティを真っ暗闇の出口まで導く事は出来ても、連れ出せはしないのだとずっと前から解っていたし、暗闇から連れ出せれるのも1番大切な事を教えられるのもあの少年だけだと知っていたから、ずっと待っていた。
ガッシュは、全てにおいてパティを救ってくれたのだ。
「い、いやっ、あれは私だけの力ではないぞ、傷が治ったのはティオのお陰だし、ウマゴンがいなければパティの所へ行く事もできなかったのだ、のう清麿!」
「ガッシュ、まあそれは今はおいといて、話を聞けよ」
「ウヌゥ…」
「他の子達にも、有難うって言っておいてくれ」 困り顔のガッシュの頭を撫でた。 「いつか魔界に帰ったら、その時はパティやビョンコと仲良く遊んでやって欲しい」
「勿論なのだ!」 こっくりと頷いて途端に眉が困り、「あ、いや、しかし、と、友達だけでその、けけけっこんは無理なのだ、私はまだ小さいしそれにその…」
ぷっと吹き出した清麿と共に、ウルルは声を立てて笑った。
「あいつは本当は好きな人にはうんと臆病で、誰よりも恥ずかしがりやでね、口ではあんな事ばっかり言ってたが、君と友達ってだけで充分すぎるぐらい嬉しいと思うよ」
「そ、それは良かったのだ!」
「いーじゃないかガッシュ、ちゅーぐらいしてやれよ」
「ヌァ、清麿までそんな事を言うのか!? だからけっこんとは…」
仲間の子の口真似をしてガッシュをからかう清麿と、赤くなったり青くなったりして大騒ぎのガッシュに、また笑いがこぼれる。
ふうと一息ついて立ち上がった。
「ガッシュ、キヨマロ、何を言ってもとても足りやしないから、一言だけ言う。有難う」
笑顔で強く頷いたのが2人の返事だった。
「なあガッシュ、魔界に帰ったらパティに伝えてくれるかい、オレは元気で、いつもお前と一緒にいるって」
ガッシュは体一杯でコクコクと何度も頷いた、「必ず伝えるのだ!」



「アルヴィン!」
遺跡の入り口のすぐ前で、アルヴィンの背中に声をかけた。おお、とあちこちに傷を負った顔が振り向いた。
「国に帰りますか」
「うむ、年寄りにはきつ過ぎる運動だったわい。お前さんも帰るかね」
「ええ。…帰ったら国の中心部に行って仕事に就こうと考えてるんです、オレには今までそうする勇気がなかった。生まれた街の付近でありつける仕事なんて高が知れてるし、街を出ればもっとマシな仕事があるって事も判ってたのに、どうしても母達を置いていく事ができませんでした。何かあった時心配だし母達も心細いだろうって。でも違うんですよ、離れる事が怖かったのは、…本当はオレだった。でもねアルヴィン、パティと出会って、あの子の強さを見て、そんなアンクル・バイターズみたいな事言ってられないと気付きました、遅すぎるぐらいですがね。大体今回の戦いで世界中旅してたのに比べて、どうせ同じ国にいるんだ、会いたいと思えばすぐ会える」
「それが良い」 アルヴィンは穏やかに微笑んだ。 「良い顔になったの、ウルル」
「パティのお陰です」
「どんな仕事をするか決めとるのか?」
「料理の仕事をしたいなと。昔から家の手伝いしてて、料理には割と自信があるんです、パティも褒めてくれたんですよ、アルヴィンにも食べて貰いたかった」
「ハッハッハ」
出会って間もないというのに、不思議とアルヴィンには何でも話せた。彼の中に2年前に亡くなった父を見ていたのかもしれない。
「それで、貴方はどうするんです、ミスター?」
「なァに、寝るだけじゃ、疲れた体をゆっくり休めるよ」 それからふと口調を変え、「サーウナでも捕まえて飼おうかのう」
「サーウナ?」
「蛙じゃ」
大きな声で、2人は笑い合った。
遺跡に上がってみると、ガッシュの仲間達が走り回って、操られて今は意識を失っていた人間達を起こしたり、必死に事情を説明している所だった。手伝いに加わり、彼らも無事にそれぞれの生活に戻って欲しいと願った。
「それじゃ、アルヴィン――」
そうして、傷の手当てをしお互い少量の荷物をまとめ、初めて会った時と同じ様に、固く握手を交わした。
「See ya」
「Mandrapihaona」
また、逢おう。




扉を開けて顔を覗かせたのは、弟だった。
一瞬、ぽかんとした表情でウルルを見上げ、それから
「兄ちゃんだ!」
アパート中に響き渡る様な声で叫んで体ごと抱きついてきた。
「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!兄ちゃん!」
その声を聞きつけてバタバタと妹達も奥から走り出てくる。5ヶ月ぶりに見る妹達は、以前より血色が良い様に見えた。
「お兄ちゃんっ」
「お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!ママ、お兄ちゃん!」
言葉が出てこない様で、ウルルの名前を呼び続けて次々と抱きついてき、わあわあと泣き出した。
喋るタイミングを完全に逃したウルルは、泣き叫ぶ小さな妹達を両腕でぎゅっと抱き締めて、自分も泣きそうな笑顔で言った。
「何で泣くんだ、兄さんちゃんと帰ってきたろう?」
「だって、だって!」
「兄ちゃん、寂しかったよォ」
「お兄ちゃっ、急に、急に出ていっ、ちゃうんだもんっ」
「…ごめんな。ごめんな、後でいくらでも怒ってくれ」 ウルルは手を離した。 「元気だったかい?母さんのお手伝いはしたか、喧嘩したりは?」
「しなかったわ、ジェシカとあたしでママのお手伝いだってしたわ」
「ヒューとお買い物にも行きましたっ」
「オレはポーシャの面倒見ました!ママが1回風邪引いたけど皆で看病したんだよ!」
その言葉でウルルは顔を上げた、「母さん――」
ゆっくりと、母が歩いてきている所だった。
ウルルも同じ様にゆっくり立ち上がる。母の瞳が潤んでいた。
「お帰りなさい」
「ただいま、母さん」
そう言って、痩せている母を抱き締めた。
久しぶりに見る母の顔も、以前よりずっと健康そうでほっとした。本の力で得た金や食糧のお陰だろう。けれどそれらをどうやって得たかについては墓場まで持っていくつもりだ、罪を負うのは自分1人で充分だ。
「ウルル、貴方その傷は――」
「ほんとだ、お兄ちゃんケガいっぱいしてる!」
「どうしたの、大丈夫?救急箱取ってくる!」
「オレも!」
言うなり妹達はわっと走り出していった。
「これは…平気ですよ、母さん、何て事ありません」
「そう言っても…仕事だったんでしょう、何でそんな怪我を?」
「ええと…何て言ったらいいのかな、ちょっとある女の子を助ける為に」
かなり要約されているがいいだろう、余計な心配はかけたくない。
「女の子?」
首を傾げた母に、ウルルはにっこり笑ってすぐに答えた。
「天使みたいに、いい子ですよ」



そうだ、パティ、一緒に行こう、歩いて行こう。
今までオレはお前の後ろをついて行くだけだったけど、これからは一緒に並んで歩いていくんだ。
これからずっと、どこにいても、何があっても、いつもお前と一緒にいるから。





何じゃこの長さ…ああ前後半に分けて本当に良かった…では場面毎に言い訳ヲ☆
ビョンコ▼看病ウルルが書きたかったんです。
ゾフィス&ココ▼ゾフィスの容姿の描写とゾフィココに頑張りましタ☆
パティちゃんの歌▼アニメの音程で4649!
玄宗▼格ゲー大好きなので強さを求める云々の説明には力入れました。結果はどうあれ、強さを求める玄宗の生き方は純粋で大変カッコイイと思いまス!俺より強い奴に会いに行くんだ!あ、因みに玄宗は意識のある人間に会う度に喧嘩売ってました。
アルヴィン▼後半で1番書きたかった所。原作で1度たりとも会話がなかったので得意の捏造で1発ブチかましてみました。実際こんな風に会話してたとしたら、ウルルはアルヴィンの事慕ってたと思うんスよー!ええ爺様ですし! 各々のお国柄を出したかったのでそういう言語もチラホラ。アルヴィンはマダガスカル出身と決め付けて書いたので、まるかじり2とかで実は別の国出身だったヨ〜とかなったらまあそんな事ァ放っときましょう。
一応意味説明。
オージー→オーストラリア人
アンクル・バイターズ→赤ちゃん
See ya(濠語)Mandrapihaona(マダガスカル語)→また逢おう
ビョンコを説得パティちゃん▼書く予定全然なかったのに16巻であんな扉絵だったりするから書かいでか!!
ガッシュ&清麿▼ガッシュにウルル殿って言わせたかったんダ…
ウルル、我が子(妹)の良い所だけアピール。
エンゼリック▼言葉通りの意味と、angelには良い子という意味もあるのでそんな感じで☆

全部読んで下さった方マジ有難うございました…

04.6.23


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